「時事通信社」発行の”コメントライナー”に話し方やコミュニケーションについて執筆しています。
好感度の上がる新年のあいさつ を
第7972号 2024年1月4日(木)[印刷用PDF]
◆第一声で場の空気を晴れやかに
「何となく、今年はよい事あるごとし。元日の朝、晴れて風無し」(石川啄木)
こんな心境で穏やかに新年を迎えられたら、希望が湧いてくる。
賀詞交歓会や新年会のあいさつで最も大切なのは、新年にふさわしいものであること。ご参集の
方々と共に新年を祝い、一年に明るい希望を託す内容であれば十分だ。
むしろ話し方に気をつけたい。昨年末はあちらでもこちらでも、言い訳どころか説明すら避ける政 治家の発言が見受けられ、説明責任を果たさない態度と歯切れの悪い話し方にうんざりした。
年始の第一声は、明瞭でおおらかな声で、場の空気を晴れやかにしたいものだ。
◆気負い過ぎは禁物
そのためには、姿勢と呼吸を整えよう。立つときは足の裏の母指球(親指の膨らみの付け根)から土踏まず辺りに重心を置くと安定する。男性の場合は両足の間を拳二つ分程度開けて立ち、爪先を少し開くとスマートな印象になる。あがってしまったときは、かかとを上げてストンと落とす動きを軽く何度かすると「気」が下がり、身体の軸も整う。顎を引き、肩はいったん軽く持ち上げて、前から後ろに肩甲骨を動かしながら下ろすと、肩の力が抜け、胸が開き、背筋が伸びた見た目にも、呼吸・発声にも良い姿勢になる。
こうしてさりげなく姿勢を整えたら、話し始める前に軽く息を吐き、鼻から吸うと深い腹式呼吸になり、声と気持ちが落ち着く。それから、ゆったりと笑顔で話し始めよう。
「あけましておめでとうございます」。発声しやすい「あ」の音で始まるあいさつは明るく響き、新年をことほぐおおらかさが感じられる。この後、聴衆全体に視線を送り、少々間合いを取ってから内容に入ると良い。気負い過ぎるのは禁物。肩や顎、背中に力が入ると、声も固くなってしまう。
◆ストーリーを語れる字を選ぶ
今年の決意と希望を表す漢字でスピーチする方も多いと思う。漢字の選択は前向きで力強いものが好ましいが、昨年の世相を表す漢字「税」のように直接的過ぎるものより、ひとひねりした方が印象に残る。「自分を見つめ直したいから『自』」「挑戦したいから『挑』」ではなく、何のためにそうするのか、その結果どうなりたいのか、その先にある目標や夢にスポットを当てるのだ。
「自分の目標である3年後の〇〇実現を目指して、今年はさまざまな挑戦を通して成長し、自分の軸を見極める年にしたいから『軸』」「周囲に惑わされず、自分を信じてまい進し、わが道を切り開きたいから『道』」のように、ストーリーを語れる字を選ぶことで説得力が増す。
この漢字を使った例のように「本質をキーワード化して一言で伝えるスキル」は、人を引きつける話し方の鉄則であり、プレゼンなどでも効果的だ。
2024年の干支(えと)は「甲辰(きのえたつ)」、成長や変化の目覚ましい年であるとか。岸田首相は丁寧に言葉を尽くそうとしているかもしれないが、ともすれば最も伝えたいことが明確に示されていないと感じる。今年は弁舌さわやかに、シンプルな言葉でズバリ本質を言い切る話し方に路線変更されてはいかがだろうか。
コロナ後のストレス管理 は呼吸から
第7926号 2023年10月30日(月) [印刷用PDF]
◆自分のペースがつかめない
「コロナが明けて」という表現を自然に耳にするようになった。5類感染症に移行したからといって、新年にカレンダーをめくるように「明けた」と断定的に表現してよいものか疑問だが、その言葉を使う気持ちはよく分かる。「収束」や「終息」が宣言されたわけではないが、折り合いをつけて暮らしていく新しいステージに入った。
後戻りしない希望も込めての「明けた」なのだろう。 確かに見る間に街ににぎわいが戻り、仕事もオンラインからほぼ従来の対面スタイルとなり、イベントや会食の機会も復活した。ただ一方で筆者は自分のペースがなかなかつかめず、少なからずストレスを感じてきた。
◆呼吸の効果を実感
そんなある朝、満員の通勤電車から降り、駅前の公園を横切ろうとした時に、ふっと息が楽になった。キンモクセイの香りを感じたのだ。改札を出る時にマスクを外したので、甘い香りがより鮮烈に鼻孔に届いたのだろう。香りをもっと味わおうと鼻からの呼吸を繰り返すと肩の力が抜けていくのが分かり、何度か深く呼吸をした後は気分が落ち着いていた。
筆者は長年、ボイストレーニングや緊張対策として、声と心を安定させる腹式呼吸を指導してきた。呼吸がもたらす心身の変化をより深く知るために「マインドフルネス」についても学んだのだが、この朝、図らずも呼吸の効果を改めて実感することになった。
「マインドフルネス」は禅の瞑想(めいそう)が欧米に伝わり、宗教的要素をなくし、科学的根拠に基づくメソッドとして再構築されたものだ。「マインドフルネス」では意識的に深い呼吸を行うことで、脳を「今、この瞬間の体験だけに意識を向けている(マインドフル)状態」にする「マインドフルネス呼吸法」が実践されている。不安やストレスを低減させるとともに、集中力や洞察力を高め、仕事のパフォーマンスを向上させる効果がある。
◆大切なのは「吐く息に集中すること」
この呼吸法はいつでも気がついた時に実践できる。簡単な方法をご紹介しよう。背筋を伸ばして座る。手のひらを上にして膝の上に置くと肩の力が抜けやすい。目を閉じると眠くなるので半眼がお勧めだ。鼻からゆったりと息を吸い、丹田(おへそから指4本分下辺り)に落とし込むように深く体に取り入れる。下腹部が吸った息で膨らむのを感じる。吐く時は出ていく息を鼻や口で感じながらお腹をへこませて吐き切る。ただこれだけだ。大切なのは「吐く息に意識を向け、今、ここに集中すること」。息を吐く度に「一、二」と数えると集中しやすい。
一定のリズムを刻もうと息の量をコントロールする必要はなく、深い呼吸と浅い呼吸が入り混じっていても構わない。最初は1分間でも呼吸だけに集中することは難しい。「周囲の音で気が散る」「気になる仕事のことが浮かんでくる」「眠くなる」など、意識が呼吸からそれたことに気づいたら、また呼吸に意識を戻して数を数え直せばよい。
通勤電車で座れた際などに、降車駅までスマホを見る代わりに呼吸を数えてみてはいかがだろう。呼吸は船の「錨(いかり)」のようなものだ。あちこちに思考がさまようのを、今、この瞬間にとどめてくれる。職場に着いて仕事に取りかかる時には頭がすっきりして、するべきことに集中できているはずだ。
日米韓首脳のスピーチ力
第7881号 2023年8月28日(月) [印刷用PDF]
◆3首脳、会見の印象は
先日、米大統領の山荘「キャンプデービッド」で開催された日米韓首脳会談は、「日米韓パートナーシップの新時代の幕開け」を宣言する歴史的な会談であったと言われている。政治的な成果は今後に期待するとして、3首脳の共同記者会見での印象や話し方から感じたことを記してみたい。
まず、会見の冒頭、バイデン大統領が笑顔でこう切り出した。「私が幸せそうに見えるのなら、それは私が幸せだからです」。今回の会談がいかに有意義であったのかを語るのに、これほど効果的な一言が他にあるだろうか。「本当に素晴らしい会談でした」「これは歴史的な瞬間です」「私たちは歴史を作りました」など畳みかけるように言葉を重ね、成果をアピールした。終始、余裕のある表情、自信を感じさせる語り口であった。
続いて、バトンを受け取った尹大統領も落ち着いていた。バイデン大統領としっかり目を合わせ、笑顔でうなずく様子や、話しながら手元、左右、正面に均等に視線を配る様子に、律儀な人柄がうかがえるような気がした。
そして、岸田首相。最初の部分が良かった。首脳会談開催への謝辞やキャンプデービッドに歴史の1ページを刻むことへの思い、3カ国の関係強化の意義などを述べたのだが、一言一言が力強い。特に、「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序は危機にひんしている」ことを述べたくだりは、顔を上げ正面を見据えた目にも力があった。
◆キーワードが際立たない
岸田首相の話し方は安定しており、「3つの観点からお話しさせていただきます」と項目を立てるなど、構成も分かりやすい。気になるのが、ほぼ文節単位で細かく言葉を区切る「ぶつ切れ」。例えば、「日米同盟・と・米韓同盟・の・連携を・強化し、日米韓3カ国の・安全保障協力を・新たな・高み・へと・引き上げます」のくだりだ。
おそらくキーワードが目に付くように、「日米同盟」「米韓同盟」などを、かぎかっこで囲む、色を変える、太字にするなど、原稿でも強調して表記しているのだろう。キーワードを際立たせるために、「はっきり、ゆっくり」発音するのは鉄則ではあるが、「助詞」を切り離して、しかもキーワード同様の明瞭さで発音してはせっかくのキーワードが際立たない。せめて助詞を前の単語に添わせて、「日米同盟と・米韓同盟の・連携を強化し・日米韓3カ国の安全保障協力を・新たな高みへと・引き上げます」ぐらいにまとめたら、声の勢いも失われず、文意が伝わりやすくなる。
◆最初と最後が大事
岸田首相は全体のほぼ半分は顔を上げて話していた。特徴は、キーワード部分は原稿を見て話し、文末の「重要な一歩を踏み出しました」「強化していく土台を創ります」などは必ず顔を上げて話すことだ。引き締まった表情を見せて一文を話し終えるので説得力がある。ただ、先に挙げた会見最初の部分は、キーワードも含めほぼ顔を上げて話し、より堂々とした印象を与えた。会見のラスト「キャンプデービッド原則を羅針盤とし、両首脳とともに国際秩序を守り抜くため、戦略的連携の一層の強化に取り組んでいく」という部分は、キーワードも下を見ず、顔を上げて話した方がより決意が伝わったと思う。最初と最後に鮮明な印象を残したい。
<バックナンバー>
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第7839号 2023.6.30 | 多様性前提のコミュニケーション能力 |
第7795号 2023.5.2 | 「熱い心」が聞き手に伝わる |
第7752号 2023.3.14 | 女性リーダー育成のために |
第7709号 2023.1.23 | 阪神淡路大震災、語り継ぐ使命感 |
第7665号 2022.11.21 | 「説明責任」は死語? 知らんけど |
第7622号 2022.9.27 | コミュニケーション勘を取り戻せ |
第7583号 2022.8.4 | 羽生結弦が発した言葉 |
第7537号 2022.6.9 | 草木から色が出るように |
第7499号 2022.4.18 | 性別による無意識の思い込み |
第7456号 2022.2.18 | 「ウィズコロナ」でどう伝えるか |
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