「時事通信社」発行の”コメントライナー”に話し方やコミュニケーションについて執筆しています。
日米韓首脳のスピーチ力
第7881号 2023年8月28日(月) [印刷用PDF]
◆3首脳、会見の印象は
先日、米大統領の山荘「キャンプデービッド」で開催された日米韓首脳会談は、「日米韓パートナーシップの新時代の幕開け」を宣言する歴史的な会談であったと言われている。政治的な成果は今後に期待するとして、3首脳の共同記者会見での印象や話し方から感じたことを記してみたい。
まず、会見の冒頭、バイデン大統領が笑顔でこう切り出した。「私が幸せそうに見えるのなら、それは私が幸せだからです」。今回の会談がいかに有意義であったのかを語るのに、これほど効果的な一言が他にあるだろうか。「本当に素晴らしい会談でした」「これは歴史的な瞬間です」「私たちは歴史を作りました」など畳みかけるように言葉を重ね、成果をアピールした。終始、余裕のある表情、自信を感じさせる語り口であった。
続いて、バトンを受け取った尹大統領も落ち着いていた。バイデン大統領としっかり目を合わせ、笑顔でうなずく様子や、話しながら手元、左右、正面に均等に視線を配る様子に、律儀な人柄がうかがえるような気がした。
そして、岸田首相。最初の部分が良かった。首脳会談開催への謝辞やキャンプデービッドに歴史の1ページを刻むことへの思い、3カ国の関係強化の意義などを述べたのだが、一言一言が力強い。特に、「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序は危機にひんしている」ことを述べたくだりは、顔を上げ正面を見据えた目にも力があった。
◆キーワードが際立たない
岸田首相の話し方は安定しており、「3つの観点からお話しさせていただきます」と項目を立てるなど、構成も分かりやすい。気になるのが、ほぼ文節単位で細かく言葉を区切る「ぶつ切れ」。例えば、「日米同盟・と・米韓同盟・の・連携を・強化し、日米韓3カ国の・安全保障協力を・新たな・高み・へと・引き上げます」のくだりだ。
おそらくキーワードが目に付くように、「日米同盟」「米韓同盟」などを、かぎかっこで囲む、色を変える、太字にするなど、原稿でも強調して表記しているのだろう。キーワードを際立たせるために、「はっきり、ゆっくり」発音するのは鉄則ではあるが、「助詞」を切り離して、しかもキーワード同様の明瞭さで発音してはせっかくのキーワードが際立たない。せめて助詞を前の単語に添わせて、「日米同盟と・米韓同盟の・連携を強化し・日米韓3カ国の安全保障協力を・新たな高みへと・引き上げます」ぐらいにまとめたら、声の勢いも失われず、文意が伝わりやすくなる。
◆最初と最後が大事
岸田首相は全体のほぼ半分は顔を上げて話していた。特徴は、キーワード部分は原稿を見て話し、文末の「重要な一歩を踏み出しました」「強化していく土台を創ります」などは必ず顔を上げて話すことだ。引き締まった表情を見せて一文を話し終えるので説得力がある。ただ、先に挙げた会見最初の部分は、キーワードも含めほぼ顔を上げて話し、より堂々とした印象を与えた。会見のラスト「キャンプデービッド原則を羅針盤とし、両首脳とともに国際秩序を守り抜くため、戦略的連携の一層の強化に取り組んでいく」という部分は、キーワードも下を見ず、顔を上げて話した方がより決意が伝わったと思う。最初と最後に鮮明な印象を残したい。
多様性前提のコミュニケーション能力
第7839号 2023年6月30日(金) [印刷用PDF]
◆採用選考で重視
2024年新卒を対象とした企業の採用選考が6月1日に解禁となった。この時点で既に内定を出している企業も多いと聞くが、毎年、選考に当たって重視する能力として必ず上位に挙げられているのが「コミュニケーション能力」だ。
先日、ある企業で「コミュニケーション能力に問題がある」という一人の社員の研修を行った。「ミスが多く、お客様応対も一方的で、臨機応変さもない。周囲と連携もできていない」など厳しい指摘があった。だが、研修を通して問題を解きほぐしていくと、ツールの不具合による連絡ミスがあったり、そもそも仕事の目的が共有されておらず、個人の判断で行った結果、周囲とあつれきを生んでいたりしたことなど、むしろ、組織のコミュニケーションの問題が浮かび上がった。研修設定の前に、もっと組織内で歩み寄って話すことはできなかったのだろうか。
◆情報・意味・感情の発信と受信
コミュニケーションは、「情報・意味・感情」の発信・受信を双方向で行うプロセスである。ここでの情報は「客観的な事実、言葉そのものが指す意味」であり、2番目の意味は「その言葉の真意、本来の目的、意図するところ」、感情は「それを発信する側の心情で、受信する相手に共感してほしい思い」と筆者は定義付けている。
例えば、「これ、すぐにコピーして会議室へ持ってきて、20部」と言われた場合、情報とは、すなわち「至急コピー20部会議室へ」。その意味は「5分後に始まる重役会議に必要なデータ。かなり重要度が高い」。感情は「いつも確実に丁寧に手早く仕事をしてくれるあなたにしてほしい」。
と、本来は「情報・意味・感情」の3点セットで発信してくれると、受信する側も即、仕事の重要度を理解し、信頼に応えようと動けるのだが、仕事でのやり取りは、ほぼ必要最低限の「情報」伝達だけで終わってしまいがちだ。そこに「今どきの若い者は使えない」「上司はちゃんと指示してくれない」というコミュニケーション・ギャップが生まれる。
◆ささいなことから信頼は生まれる
企業の求める「コミュニケーション能力」は、「仕事で必要なコミュニケーションを円滑に行える力」が第一であるはずだ。企業風土を理解し、その場の「空気を読む力」「察する力」も、これまでは少なからず仕事の評価に影響してきたと思うが、今は企業も生き残りを懸けて多様な人材、多様な価値観に目を向けている時代。
そこでは、自分とは異なる文化、価値観を持つ人であっても、相手の意見を聞き、自分の意見との違いを違いとして認め、意見を交わしながら、より良い成果に向けて、互いに共感し、協力し合っていく関係性、信頼を築ける力が必要とされる。
相手も分かっていて当然、伝わるはず、を前提にするのではなく、人はそれぞれ受け止め方に違いがある、を前提に「相手に分かってもらえるよう伝える」「相手の意見を受け止める」というコミュニケーションの基本に立ち返り、コロナ禍を経た若い世代とともにコミュニケーションの在り方を模索していってほしい。自分から働き掛けたり、少しフォローをしたり、感謝の言葉を伝えたり、そんなささいなことから信頼は生まれる。
「熱い心」が聞き手に伝わる
第7795号 2023年5月2日(火) [印刷用PDF]
◆AIで答弁作成なら失言なし?
第20回統一地方選挙で筆者の地元・兵庫県では、前回(3月14日付)のコメントライナーで取り上げた小野市議会が女性議員数7をキープ(女性比率43.8%)、男女共同参画の意識が高いとされる宝塚市では14人の女性が当選し、女性比率が過半数の53.8%に躍進した。
成り手不足と言われる地方議会だが、「地盤、看板、カバン」を持たない女性や若い世代が参画することで、多様な視点が加わり、市民感覚に添う政策が生まれることを期待している。
市民感覚と言えば、「岸田首相襲撃の報を受けた後、うな丼をしっかり食べた」とパーティーでスピーチした大臣がいた。危機意識の欠如もさることながら、さまざまな生活必需品の値上がりで頭の痛い庶民からすると、「公務出張先で四万十川の天然うなぎを食べられていいですね」と嫌味を言いたくなってしまった。
国会答弁に対話型人工知能(AI)「チャットGPT」の活用を検討する、と西村康稔経済産業相が述べていたが、AIが作成したら、このような失言もなくなるのだろうか。
◆チャットGPT原稿、見破るのは困難か
チャットGPTに対しては、東京大学などがいち早く「リポートや論文への使用の制限・禁止」を打ち出している。AIが作成した文章を検知するソフトも活用するそうだ。
筆者はまだ使ったことがなく、精度の見当がつかないのだが、大学で担当しているプレゼンテーションの授業で、学生がチャットGPTを使って原稿を作成したとしても、読んだだけで、それを見破ることは難しいかもしれない。
ただ、プレゼンテーションは、①声・話し方②話の内容③表情・姿勢―の3要素で評価している。②がAI作であったとしても、①③をチェックすれば、話し手自身の思いが乗ったプレゼンテーションであるかどうかは判断できるはずだ。
◆感情揺さぶる話し方と声の力
筆者が経営者を対象にスピーチやプレゼンの個人指導を行う際、原稿作成から関わる場合は、「対話型」。チャットGPTと同じだ。相手に問い掛け、言葉を引き出しながら、原稿作成をサポートする。
その際、「そんなこと忘れていた」「こんな話は面白くないと思っていた」と、自分ではその価値に気が付いていないエピソードが、指導を受ける人から出てくることがある。その人がそれを思い出して語る時の目の輝きを見、声の弾みを聞いていると、その瞬間、話し手の魂が熱くなっているのが感じ取れる。そのエピソードを表現する言葉と最も効果的な構成を考え、原稿を作成する。そうすると、自然に表情豊かに、生き生きと声と言葉に心を乗せて語ることができるのだ。
実感を伴っていない話し方はいくら文章が素晴らしくても、どこか空々しさがある。
特に声は潜在意識に働き掛ける。言葉に込めた意味を何倍にも増幅させ、聞き手の感情を揺さぶるのは声の力だ。NHKニュースで時々聞くAIの音声も最近はアナウンサーと区別がつかないぐらいになっているが、放送やオンラインではなく、対面で語る場合には、そこに「熱い心」があれば、聞き手には必ず伝わるはずだ。それが感じ取れない聞き手ばかりになったとき、残念ながら話し方講師という仕事はなくなるのだろう。
<バックナンバー>
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