「時事通信社」発行の”コメントライナー”に話し方やコミュニケーションについて執筆しています。
「ウィズコロナ」でどう伝えるか
第7456号 2022年2月18日(金) [印刷用PDF]
◆まず、アイ・コンタクト
「不織布マスクを二重に着けた上にフェイスシールドを装着して、患者対応をしているが、伝わりにくさを感じている。どのようにすれば伝わりやすくなるか」。先日、がん専門病院で働く医療従事者の方から相談を受けた。新型コロナウイルス感染拡大の大変な状況下で心を砕いていることに頭が下がる。
伝わりやすさを左右する3要素は「声・話し方」「話の内容」「表情・姿勢」であるが、マスクをしていると、声がくぐもりやすく、また、顔の半分を覆っているため、口元の動きで話を推測することができない。フェイスシールドをしていると目の表情が見えにくいこともあるだろう。
マスクやフェイスシールドなどをしてコミュニケーションする際の注意点としては、まず、「アイ・コンタクトを意識する」。伝える相手と目を合わせることで、「今からあなたに話しますよ」というメッセージを受け止めてもらい、相手に聴く姿勢と心構えになってもらうことがスタート地点だ。
◆鼻呼吸、ゆっくり、はっきり話す
そして、話すときには、「鼻から呼吸をする」。口呼吸だと息を吸う度にマスクが唇に触れて口の動きがもたつきがちだが、鼻から息を吸うと、横隔膜をしっかりと使う腹式呼吸になり、一度に多くの息を取り込むことができる。口元だけの浅い呼吸でマスクが口の動きを妨げるのを防ぐと同時に、深い呼吸で声が力強くなり、マスクの外に響きやすくなる。
さらに、話す際には「ゆっくり、はっきりと話す」。相手の反応を確認しながら話し始め、普段より口を縦に大きめに開け、唇ではなく、舌を動かすことで、発音の明瞭度アップを図ろう。
「話の内容」をわかりやすく整理するために 「話にテーマと項目を立てる」ことも必要だ。一文をダラダラと長くせず、「きょうは〇〇という検査についてご説明します」「注意点を今から三つ申し上げます」というように、何について話すのか、何点話すのかを示し、「〇〇について、1点目の注意を申し上げました。~ということでした。ここまではよろしいですか」と項目ごとに要点をまとめ直して伝え、質問の有無を確認する。
◆気を付けたい語尾
また、説明時には、言葉を音として聞きやすく、日常的な表現に言い換えたり、重要な情報は特にゆっくり話して言葉を繰り返したりするなどメリハリをつけること。ジェスチャーをプラスするのも、伝わりやすさを高めるために効果的だ。
安心感・信頼感を持ってもらうために気を付けたいのは語尾の言い回し。曖昧な言い回しは不安を与えるので避けたい。岸田文雄首相がよく使う「しっかり進めていきたいと考えております」「適切に対応していきたいと考えております」「検討していきたいと考えております」のような言い回しは、丁寧だが他人事のような響きがあり、無責任な印象を持たれることも。「~のために~をしていきます」と、「言い切る」語尾表現だと相手を惑わせず、説得力も加わる。
ここまで、医療現場等でマスク着用時の注意点として挙げてきたが、以上のことは、マスクを着けていても着けていなくても、オンラインでも対面でも同様だ。コロナと共存する「ウィズコロナ」の時代、様々な状況で「伝わる」コミュニケーションを改めて心掛け、実践してほしいと思う。
岸田首相の話し方に思う
第7412号 2021年12月20日(月) [印刷用PDF]
◆所信表明に安定感
先日、第2次岸田政権発足後初めての岸田文雄首相の所信表明演説を聞いて、周到に準備されているのは当然だとしても、話し方に安定感があると感じた。
文章を声で表現するときの音の高低、すなわち、イントネーション(抑揚)が、話し始めから文末にかけて、高い音から低い音へとなだらかな弧を描いていくのが、最も座りが良く、聞き手の安心感が得られる抑揚である。
岸田首相の話し方に安定感があるのは、この抑揚が整っていることが大きい。一文は長くても40文字以内に収まっており、話す速度にも無理がない。
「~が」「~でありまして~」のように助詞や語尾を伸ばすと、声のソフトさと相まって歯切れの悪さが目立つ傾向があるが、所信表明演説においては、時折、助詞を強調する力みが入ることを除けば、約34分間、目立った言いよどみや語尾伸ばしがなく、マスクをつけたままにもかかわらず、滑舌も良かった。
◆定石踏んだ演説
惜しいのは、マスクをして、手元にある分厚い原稿を見ているため、ほとんど表情が印象に残らなかったことだ。ただし、演説の中で同意を求める呼び掛けのフレーズ「~ではありませんか」が何カ所か出てきたが、このときは、必ず力強く声を張り、顔を上げていた。そして、拍手。拍手を促すお約束フレーズだったのだろう。メリハリがつき、演説を引き締める効果があった。
内容で印象的だったのは、「遠きに行くには、必ず近きよりす」(「礼記」中庸)、「屋根を修理するなら、日が照っているうちに限る」(ジョン・F・ケネディ)など、格言を入れていたところだ。適切な引用によって、イメージが明確になるだけでなく、原典の持つ力も働いて説得力が増す。元外相だけあって、スピーチ慣れしていることを感じさせる。
また、「日本ならできる、いや、日本だからできる」「新しい資本主義の主役は地方です」「人への分配はコストではなく、未来への投資です」などの簡潔で分かりやすいフレーズは、直感的なワンフレーズが国民に支持された小泉純一郎元首相を思い出させた。
「国の礎は人です」と、語り始めた最後の段落では、愛媛県松山市の高校訪問時にタブレットを使った授業を体験し、戸惑う自分に隣の生徒が操作を教えてくれたというエピソードを披露。話し手の経験や感情を語ることは、共感を得るスピーチには欠かせない要素である。自身の人間味を感じさせるとともに、若い世代の姿を見せて「共に世界に誇れる日本の未来を切り拓(ひら)いていこうではありませんか」と締めくくり、最後まで定石を踏んだ聞きやすい演説だった。
◆コメントは素っ気ない
ただ、記者会見は苦手なのか、慎重に言葉を選んでいる様子は伝わるが、話し方も表情も素っ気なく感じる。世相を表す今年の漢字に「金」が選ばれたことについて、首相は「東京五輪・パラリンピックで日本中が盛り上がった。なるほどなと思った」とコメントしていた。コロナ禍で「お金」に絡むあれこれに振り回された国民感情の表れかもしれない、とは少しも思わなかったのだろうか…。
多くの国民は首相の発言をニュースでしか聞けないのだから、こういう時のワンフレーズこそ共感できる言葉を意識してもらいたい。首相自身の今年の漢字は、新しい資本主義を「切り拓く」の「拓」だとか。コロナ禍で荒れた地を開拓し、平和に均(なら)す「拓」であってほしいと思う。
声を磨く朗読の勧め
第7373号 2021年10月26日(火) [印刷用PDF]
◆コロナ禍、気になる声
「周囲の声に以前より敏感になった」「自分の声が伝わっているか気になる」という人が増えてい る。長引くコロナ禍で、対面コミュニケーションの機会が激減し、マスク越しやオンラインでのやり取りが増えたためだろう。
顔の半分以上が隠れるマスクを着けての会話では、表情が読み取れない分、声の大きさや抑揚、滑舌などが大切だと実感できる。オンラインでは、お互いの顔は見えてもニュアンスが伝わりにくいため、声の明瞭さに加えて、間の取り方や伝わりやすい言葉、丁寧な話し方が誤解を避けるために必要だ。
そういう背景があり、これまでになく、自分の声や話し方が気になっているところに「会話が減り、声が出にくくなった気がする」という不安が追い打ちを掛けるようで、オンラインでボイストレーニングの講座を実施した際には、全国から思いがけず多数のご参加をいただいた。
◆意識的に声を出すこと
ここでは、ボイストレーニング講座を受講しなくても、声が生き生きと輝き、豊かになるトレーニング法をご紹介しよう。それは声に出して文章を読むこと。いつでもどこでも始められ、「声を磨く」ために最大の効果を発揮する。
筆者は、朗読家としても活動をしているが、アナウンサーとしてニュースを伝えていた若かりし頃に比べ、年を取り、声は低く、張りもなくなっているのに、語尾の表情や間の取り方、声の響きなど表現力の幅が広くなったことで、声が存在感、説得力を増したと感じている。
詩や小説などを朗読するときに、普段の話し声よりも広い範囲で、声の5要素、①大きさ②高さ③速さ④間⑤音質(響き)を意識的に使うことが、声を豊かにしてくれるのだ。
まずは、好きな詩や随筆など短いものを声に出して読むことから始めてみてはいかがだろう。ポイントは、そのときに自分の声に耳を傾け、その声を受け止めること。声は意識をした瞬間から変わってくる。何気なく声を出すのではなく、自分の声に耳をすますことで、おのずと発音や発声に注意が向く。そして、呼吸は、口からではなく、鼻から息を吸う腹式呼吸を心掛けよう。深い呼吸で声も心も安定する。
◆健康長寿につながる
お勧めは、毎朝、目を通す新聞のコラム。各紙おおむね2分から3分程度に収まる長さで、声のウォーミングアップになる。声に出して読むと内容がしっかり頭に入るため、会話の糸口や朝礼のネタとして使えるかもしれない。
構えて特別なことをするのではなく、自分の声を意識して発する瞬間を、日常の中でこまめに作ることが、即ち、声のトレーニングだ。気楽に始め、習慣化すれば、周りの反応が変わってくる。
最近は、健康長寿につながる、という点からも、朗読が注目されている。「文字を読む」「言葉の意味を理解する」「文字を声で表現する」「自分の声を聴く」という行為を同時に行うことで、記憶力や集中力が高まり、脳が活性化する。のどや口の周りの筋肉、舌を鍛え、呼吸も意識するので、誤嚥性肺炎の予防になり、免疫力もアップするそうだ。
声は、相手の潜在意識の深いところに働きかける。何気ない相手の声の調子に傷つくことも、逆に、その声の温かさに励まされたり、前を向く勇気をもらえたりすることもある。声の豊かさは心の豊かさ、それは人生の豊かさにもつながる。
<バックナンバー>
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第7285号 2021.7.8 | WEB面接、採用担当は万全か |
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