「時事通信社」発行の”コメントライナー”に話し方やコミュニケーションについて執筆しています。
「熱い心」が聞き手に伝わる
第7795号 2023年5月2日(火) [印刷用PDF]
◆AIで答弁作成なら失言なし?
第20回統一地方選挙で筆者の地元・兵庫県では、前回(3月14日付)のコメントライナーで取り上げた小野市議会が女性議員数7をキープ(女性比率43.8%)、男女共同参画の意識が高いとされる宝塚市では14人の女性が当選し、女性比率が過半数の53.8%に躍進した。
成り手不足と言われる地方議会だが、「地盤、看板、カバン」を持たない女性や若い世代が参画することで、多様な視点が加わり、市民感覚に添う政策が生まれることを期待している。
市民感覚と言えば、「岸田首相襲撃の報を受けた後、うな丼をしっかり食べた」とパーティーでスピーチした大臣がいた。危機意識の欠如もさることながら、さまざまな生活必需品の値上がりで頭の痛い庶民からすると、「公務出張先で四万十川の天然うなぎを食べられていいですね」と嫌味を言いたくなってしまった。
国会答弁に対話型人工知能(AI)「チャットGPT」の活用を検討する、と西村康稔経済産業相が述べていたが、AIが作成したら、このような失言もなくなるのだろうか。
◆チャットGPT原稿、見破るのは困難か
チャットGPTに対しては、東京大学などがいち早く「リポートや論文への使用の制限・禁止」を打ち出している。AIが作成した文章を検知するソフトも活用するそうだ。
筆者はまだ使ったことがなく、精度の見当がつかないのだが、大学で担当しているプレゼンテーションの授業で、学生がチャットGPTを使って原稿を作成したとしても、読んだだけで、それを見破ることは難しいかもしれない。
ただ、プレゼンテーションは、①声・話し方②話の内容③表情・姿勢―の3要素で評価している。②がAI作であったとしても、①③をチェックすれば、話し手自身の思いが乗ったプレゼンテーションであるかどうかは判断できるはずだ。
◆感情揺さぶる話し方と声の力
筆者が経営者を対象にスピーチやプレゼンの個人指導を行う際、原稿作成から関わる場合は、「対話型」。チャットGPTと同じだ。相手に問い掛け、言葉を引き出しながら、原稿作成をサポートする。
その際、「そんなこと忘れていた」「こんな話は面白くないと思っていた」と、自分ではその価値に気が付いていないエピソードが、指導を受ける人から出てくることがある。その人がそれを思い出して語る時の目の輝きを見、声の弾みを聞いていると、その瞬間、話し手の魂が熱くなっているのが感じ取れる。そのエピソードを表現する言葉と最も効果的な構成を考え、原稿を作成する。そうすると、自然に表情豊かに、生き生きと声と言葉に心を乗せて語ることができるのだ。
実感を伴っていない話し方はいくら文章が素晴らしくても、どこか空々しさがある。
特に声は潜在意識に働き掛ける。言葉に込めた意味を何倍にも増幅させ、聞き手の感情を揺さぶるのは声の力だ。NHKニュースで時々聞くAIの音声も最近はアナウンサーと区別がつかないぐらいになっているが、放送やオンラインではなく、対面で語る場合には、そこに「熱い心」があれば、聞き手には必ず伝わるはずだ。それが感じ取れない聞き手ばかりになったとき、残念ながら話し方講師という仕事はなくなるのだろう。
女性リーダー育成のために
第7752号 2023年3月14日(火) [印刷用PDF]
◆市議が男女同数の兵庫・小野市
3月8日は「国際女性デー」だった。毎年、この日が近づくと象徴であるミモザの花とともに、各分野における女性活躍やジェンダーギャップ解消の取り組みの報道を目にする。筆者は女性経営者や管理職の勉強会、女性リーダー養成講座などに登壇する機会が多い。今年は4年に1度の統一地方選を控え、地方における女性の政治参画に注目が集まる中、筆者も関わったある市の取り組みが大きく報道されているのを見て嬉しく思った。
人口約4万6千人の兵庫県小野市。昭和の頃は、そろばんや家庭用刃物などの産業で栄え、現在は主要幹線道路の整備や都市基盤の充実により、周辺地域から子育て世帯の転入も増えていると聞く。小野市では2019年、市議会議員の数が全国でも珍しい「男女同数」となった。
市が誕生した 1954年から2011年までに議員になった女性はわずか4人。一時ゼロだった女性議員は11年市議選で3人となり、4年後には4人、19年には7人に増えた。議会は定数16で、現在欠員2のため、市議は男女7人ずつとなっている。
◆きっかけは養成塾
きっかけは10年に始まった女性リーダー養成塾だ。議会、審議会、自治会など「意思決定の場」に参画する女性リーダー育成を目的に、男女共同参画の基本知識、女性活躍の必要性、企画力、リーダーシップ、コミュニケーション力、議員の仕事などを学ぶ連続講座である。筆者もプレゼンテーション講座を何度か担当した。自分たちの市を暮らしやすくしたいという思いを持った女性たちが共に学ぶことで、それが行動につながり、パワーアップしていく様子に立ち合わせてもらった。
今や、その効果は周辺の市にも広がり、各市の女性リーダー養成講座を修了した女性たちが政治参画や自治会活動、起業や子育て支援、職場などでその力を発揮しようとしている。それらの講座の際に伝えた「話し方スキル」が、意思決定の場を目指す女性だけでなく、今、一歩を踏み出そうとしている人の参考になればと思う。
◆伝わる声と話し方のスキル
まず、大切なのは声。聞きやすい声は安心感と信頼につながる。緊張し、肩に力が入ると喉が閉まり、硬い余裕のない声になる。背筋を伸ばし、肩の力を抜いて、顎は引き気味にし、鼻から吸う深い呼吸を使って、ゆっくりと話そう。声は上ずってしまいがちなので、少し低めの声で話すように心掛けると良い。間を取ることを恐れず、ときにはしっかりと顔を上げて聴き手を見ると共感が得られる。
話は結論から。一文(主語から述語まで)は40文字以内に収め、語尾の「です、ます」まではっきりと言葉にすると説得力が増す。主語を省略せず、「私は」を意識して話すと話の軸足がぶれず、責任ある発言として印象に残る。
会議などで自分の発言をさえぎって話し始めた人には焦らず、「今、私が話しています。私が話した後でお願いします」と落ち着いた声で伝えると良い。また、反対意見を言う場合は「〇〇についてAさんは~というご意見なのですね。それに関して私は少し違う角度から発言します」など、相手を全否定せず、意見を受け止めた上で、自分の意見を伝える練習もしておきたい。
少数派の女性は「自分が失敗したら、『だから女は…』と思われる」と気負ってしまうことがある。自分を追い込まず、行動を起こした自身の力を信じてほしい、と思っている。
阪神淡路大震災、語り継ぐ使命感
第7709号 2023年1月23日(月) [印刷用PDF]
◆情報が県民に伝わるように
阪神淡路大震災から28年となる1月17日、今年も各被災地で追悼行事が開かれた。
筆者は震災当時、広報の専門職として兵庫県庁に勤務しており、発災直後から県災害対策本部からの情報を、テレビ・ラジオを通じて県民に発信するという役割を担った。
刻々と変化していく状況に合わせ、今、必要とされている情報を見極めつつ、確実に情報が届くようにと言葉を選び、聞きやすいよう、安心してもらえるようにと声のトーンや話す速さにも注意を払った。その時、筆者を突き動かしていたのは、「伝わらなければ何もならない」という使命感だ。情報は言ってみれば命綱。一言、一声もおろそかにしてはいけない。この時の体験が、伝わる声と話し方の講師という現在の仕事の原動力にもなっている。
今年の神戸の追悼行事では、並べられた灯籠で「むすぶ 1・17」というメッセージが浮かび上がった。震災を知らない世代も一緒になって、人と人、場所と場所、思いと思いを結び、伝えていこう、という思いが込められたものだ。
◆大学生の議論にがくぜん
伝えていこう…。何を伝えていけるのかと自分に問い直したとき、最近、大学の授業で「阪神淡路大震災が起きた直後、必要とされたものは何か」をテーマにグループディスカッションをさせた時のことを思い出した。学生たちが生まれる前の震災だが、防災教育なども受けている世代だし、毎年報道もされるので、それなりにイメージ出来るだろうと思っていた。
懐中電灯やラジオ、飲料水など実際に役立ったものを例として挙げておいたのだが、「すぐに明るくなるから懐中電灯は要らないのでは」「ラジオよりネットの方が情報は早い」「冬だから水は優先順位が高くない」などの意見が交わされていて、がくぜんとした。
震災発生は午前5時46分、夜明けまで1時間以上もある。下から突きあげられる激しい揺れにすぐに地震とは認識できず、何が起こったか分からない。電気もガスも水道も電話も寸断されている。インターネットも携帯電話もまだ普及していない。そんな時代であったという前提、その時の心情に全く思いが及ばない様子なのだ。中に「祖母から水が止まっていてトイレの水も流せなくて困ったと聞いた。水は備蓄しておくべきだ」などの意見も出て、身近な人の話を通して追体験することが、震災を自分たちのこととして捉えることにつながり、次の災害に備える知恵になるのだと感じた。
◆語ることで未来に種をまける
昨年の1月17日はカルチャーのスピーチ講座の日だった。ある受講者が、自宅で崩れた壁と壁の間に挟まり、九死に一生を得た体験を話すと、他の受講者たちも自身の体験を語り始めた。
家族や友を失った人、ボランティアに駆け付けた人など、被災の程度は違っても、それぞれが「語り部」だ。でも口をそろえて「これまで震災の話はしたことがない」と言う。自分よりつらい目にあった人も数多(あまた)いるのに自分が語ることは後ろめたく、ふたをしてきた、と。筆者も同じだった。
震災直後に出来た語り部グループの中には、メンバーの高齢化等で活動に幕を下ろすところもあると聞く。胸にしまった震災体験を折に触れて語ることで、未来に何らかの種をまけるのではないか。自分なりに伝えていきたい。28年たって、新たな使命感が胸に宿った。
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