「時事通信社」発行の”コメントライナー”に話し方やコミュニケーションについて執筆しています。
聞く力が信頼を生む
第8067号 2024年5月20日(月) [印刷用PDF]
◆言葉を遮らず受け止める
NHK連続テレビ小説「虎に翼」は、日本で初めて弁護士になった女性をモデルにしたドラマである。時代設定は昭和初期で90年も前のことだが、慣習や法律の壁に立ち向かうヒロインの姿に自身の 経験や思いが重なり、共感することが多くある。
自らを反省する気付きもあった。発言することをいつもたしなめられてきたヒロインに、後に法学の師となる人物が「言いたいことがあれば言いなさい」と笑顔で促すシーン。言葉を遮られず、受け止めてもらえる。それがどれほど相手への信頼、自己肯定感につながるか、その感激が伝わってきた。
と同時に、自分を振り返ったとき、あのシーンのように相手の言葉を待ち、否定せずに、じっくり耳を傾けることが、最近出来ていなかったことに気付かされた。
コロナ禍のオンラインでの講義や研修では、双方向のやりとりを意識的に取り入れるようにしたが、話を深めるというより、表面的、予定調和的になりがちだった。加えて、動画配信などを1. 5倍速程 度で視聴する人が増えた影響で、「タイパ(タイムパフォーマンス、時間対効果)」が求められる傾向が強くあり、「間(ま)は無駄」「前置きや無言の時間は意味がない」というプレッシャーもあった。対面に戻った今も、聞くことへの意識を置き去りにしたままだったかもしれない。
◆信頼関係に欠かせない「聴く」と「訊く」
「きく」には、「聞く」(Hear)、「聴く」(Listen)、「訊く」(Ask)の三つがあるが、お互いの信頼関係を築くためのコミュニケーションには、「聴く」と「訊く」が大切だ。職場の心理的安全性のためにも欠かせない。
「聴く」は「積極的傾聴」。先入観にとらわれず、耳で目で心で相手を受け止めながら話を聴くことだ。目を合わせてうなずく、相づちを打つなど、関心を持って聴いていることを表情や動作、姿勢で伝える。
「訊く」は適切な質問を通して、話の本質を明確にしたり、情報を収集したりすることだが、詰問にならないように気を付けたい。筆者がアナウンサーをしていたとき、インタビュ一時には質問の使い分けをしていた。最初はオープンな質問だ。「最近、調子はいかがですか」「今どんなことに興味を持っていますか」など、広く自由に答えられる質問でリラックスして話してもらう。会話の糸口をつかむとともに、相手の興味 関心?現状などを把握するのに効果的だ。
その上で話を掘り下げたり、話題を絞り込んだりするときには、クローズな質問に切り換える。「AとBならどちらをしてみたいですか」「具体的な目標を教えてください」など、限定した質問に答えてもらうことで話をまとめていく。
◆相手を尊重し理解に努める
仕事でも、オープン質問で相手の状況をつかみ、クローズ質問で事実確認や今後の方策を探っていくというように使える。もちろん、「訊く」ときも、相づちやうなずきなど聴く姿勢の基本、相手を尊重し、理解しようとする前提を忘れてはいけない。
「聞く力」を掲げてきた岸田政権だが、過日、伊藤環境相と水俣病被害者団体との懇談で、環境省職員が発言時間を超過した発言者のマイクを切ったことが問題となった。大臣が謝罪し、今後、見直す方向だということだが、「聞く」ポーズだけで、そこに目的も誠意もなければ、果たして信頼は回復できるのだろうか。
聞き手を引きつける三つのスキル
第8019号 2024年3月11日(月) [印刷用PDF]
◆関心を持ってもらう話し方の工夫
新年度から「部署が変わり、大勢の前で話をする機会が増える」「責任が重くなり、より相手の納得を引き出す話し方が求められる」という人もいるだろう。
プレゼンテーションの3P(Purpose=目的、People=対象、Place=場所)を押さえ、文章力もあり、構成も論理的、声も明瞭で聞きやすい…。それなのに、話が聞き手の印象に残らず、流されてしまう人と、聞き手を引きつけ、共感や納得を引き出す人がいる。この違いは何か? それは、聞き手との間にブリッジを架けることを意識できているかどうかだ。
聞き手に伝わってこそ、目的を果たせる。完璧な文章であっても、一方的な話し方では伝わらない。「ブリッジを架ける」とは、聞き手に関心を持ってもらい、聞き手を巻き込みながら、ゴールまで共に進んでいくことに注力した話し方の工夫のことだ。例えば次に挙げる三つのスキルがそうだ。
◆「展開していく力」と「言い換える力」
まず求められるのは、「展開していく力」だ。項目から項目に移る際に「では次に2番目の…」「次は…」と淡々と羅列するのではなく、「今、ご説明してきた〇〇に関して、次に●●の観点から掘り下げてみましょう」「そして次にキーワードになるのは〇〇です。なぜなら…」のように、次の項目へのブリッジになる言葉を意識的に使い、期待感を持たせつつ、各項目の位置付けを整理しながらストーリーを展開させることで、聞き手を引きつけることができる。
二つ目は「言い換える力」で、代表的なものとしては次の方法がある。一つは、「抽象的な表現を具体的に言い換え、理解度を上げる」ことだ。「抜本的な人口減対策の推進を検討」のような表現で終わるのではなく、「何を」「いつまでに」「どういう方法で」「どのレベルまで」と表現を具体化し、数字で示したり、「その結果、暮しの中で何がどう変わるのか」を身近な事例でイメージさせたりすることで、聞き手の理解を進める。
「適切な引用で聞き手との共通基盤をつくる」ことがもう一つの方法で、高難度の専門的な話もキーワードや例え話でイメージ化して落とし込む。「〇〇とは一言で言うと…」と、本質を30秒程度の分かりやすいキーワードで表現したり、「雨で濡れた傘を回すとしずくが飛び散ります。それと同じ運動を利用した技術です」のように、イメージが容易な例を挙げて伝えることだ。
◆ポイントを伝え直す「要約する力」
三つ目のスキルは「要約する力」で、これから話すこと、話してきたことのポイントをまとめて伝え直すことが大事になる。導入部で今から話すことを要約すると、注目ポイントがあらかじめ明確になり、聞き手はそれを念頭に置きながら聞くことで、主体的、能動的に参加することができる。また、締めくくりに、重要な点をまとめとして押さえ、「きょうの話を振り返ってみましょう。キーワードは三つありました」のように印象に残すことで話の定着度が高まる。
より伝わる話し方が求められる立場になったら、話の内容だけではく、聞き手を置き去りにせず、巻き込んでいくための工夫にも力を入れ、話し方のステージを上げよう。
好感度の上がる新年のあいさつ を
第7972号 2024年1月4日(木)[印刷用PDF]
◆第一声で場の空気を晴れやかに
「何となく、今年はよい事あるごとし。元日の朝、晴れて風無し」(石川啄木)
こんな心境で穏やかに新年を迎えられたら、希望が湧いてくる。
賀詞交歓会や新年会のあいさつで最も大切なのは、新年にふさわしいものであること。ご参集の
方々と共に新年を祝い、一年に明るい希望を託す内容であれば十分だ。
むしろ話し方に気をつけたい。昨年末はあちらでもこちらでも、言い訳どころか説明すら避ける政 治家の発言が見受けられ、説明責任を果たさない態度と歯切れの悪い話し方にうんざりした。
年始の第一声は、明瞭でおおらかな声で、場の空気を晴れやかにしたいものだ。
◆気負い過ぎは禁物
そのためには、姿勢と呼吸を整えよう。立つときは足の裏の母指球(親指の膨らみの付け根)から土踏まず辺りに重心を置くと安定する。男性の場合は両足の間を拳二つ分程度開けて立ち、爪先を少し開くとスマートな印象になる。あがってしまったときは、かかとを上げてストンと落とす動きを軽く何度かすると「気」が下がり、身体の軸も整う。顎を引き、肩はいったん軽く持ち上げて、前から後ろに肩甲骨を動かしながら下ろすと、肩の力が抜け、胸が開き、背筋が伸びた見た目にも、呼吸・発声にも良い姿勢になる。
こうしてさりげなく姿勢を整えたら、話し始める前に軽く息を吐き、鼻から吸うと深い腹式呼吸になり、声と気持ちが落ち着く。それから、ゆったりと笑顔で話し始めよう。
「あけましておめでとうございます」。発声しやすい「あ」の音で始まるあいさつは明るく響き、新年をことほぐおおらかさが感じられる。この後、聴衆全体に視線を送り、少々間合いを取ってから内容に入ると良い。気負い過ぎるのは禁物。肩や顎、背中に力が入ると、声も固くなってしまう。
◆ストーリーを語れる字を選ぶ
今年の決意と希望を表す漢字でスピーチする方も多いと思う。漢字の選択は前向きで力強いものが好ましいが、昨年の世相を表す漢字「税」のように直接的過ぎるものより、ひとひねりした方が印象に残る。「自分を見つめ直したいから『自』」「挑戦したいから『挑』」ではなく、何のためにそうするのか、その結果どうなりたいのか、その先にある目標や夢にスポットを当てるのだ。
「自分の目標である3年後の〇〇実現を目指して、今年はさまざまな挑戦を通して成長し、自分の軸を見極める年にしたいから『軸』」「周囲に惑わされず、自分を信じてまい進し、わが道を切り開きたいから『道』」のように、ストーリーを語れる字を選ぶことで説得力が増す。
この漢字を使った例のように「本質をキーワード化して一言で伝えるスキル」は、人を引きつける話し方の鉄則であり、プレゼンなどでも効果的だ。
2024年の干支(えと)は「甲辰(きのえたつ)」、成長や変化の目覚ましい年であるとか。岸田首相は丁寧に言葉を尽くそうとしているかもしれないが、ともすれば最も伝えたいことが明確に示されていないと感じる。今年は弁舌さわやかに、シンプルな言葉でズバリ本質を言い切る話し方に路線変更されてはいかがだろうか。
<バックナンバー>
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第7926号 2023.10.30 | コロナ後のストレス管理 は呼吸から |
第7881号 2023.8.28 | 日米韓首脳のスピーチ力 |
第7839号 2023.6.30 | 多様性前提のコミュニケーション能力 |
第7795号 2023.5.2 | 「熱い心」が聞き手に伝わる |
第7752号 2023.3.14 | 女性リーダー育成のために |
第7709号 2023.1.23 | 阪神淡路大震災、語り継ぐ使命感 |
第7665号 2022.11.21 | 「説明責任」は死語? 知らんけど |
第7622号 2022.9.27 | コミュニケーション勘を取り戻せ |
第7583号 2022.8.4 | 羽生結弦が発した言葉 |
第7537号 2022.6.9 | 草木から色が出るように |
第7499号 2022.4.18 | 性別による無意識の思い込み |
第7456号 2022.2.18 | 「ウィズコロナ」でどう伝えるか |
第7412号 2021.12.20 | 岸田首相の話し方に思う |
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第6886号 2020.1.9 | 安倍首相の話しぶり、5年前と比べると |
第6841号 2019.11.5 | クレーマーはこうしてつくられる |
第6784号 2019.8.19 | 笑顔のシンデレラに学ぶプロ意識 |
第6690号 2019.4.15 | 聴衆を惹きつけて離さないために |
第6734号 2019.6.12 | トランプ大統領の「Reiwa」スピーチ |
第6642号 2019.2.7 | 違和感満載の言い回し |
第6586号 2018.11.14 | 高齢者に聞き取ってもらうには |
第6535号 2018.9.6 | 「ハラスメント」と言われないために |
第6483号 2018.6.28 | 女性活躍へ話し方改革を |
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