川邊暁美のショート・コラム

「時事通信社」発行の”コメントライナー”に話し方やコミュニケーションについて執筆しています。

違和感が心に刺さる

第7244号  2021年5月17日(月) [印刷用PDF

◆傷つける発言でなく安堵

 「川邊先生の言葉がたくさん心に刺さりました」。講演の後、そう声を掛けられたとき、背筋を冷たいものが流れた。言葉が過ぎたところがあったのか、知らずにこの方を傷つける発言をしてしまったのだろうか、と。ところが、続きを聴くと、むしろ「心に染みた」「心に響いた」という意味だとわかり、安堵(あんど)した。

  「心に刺さる」。数年前から引っ掛かっていた表現だ。初めは映画か本か、何かのCMコピーで目にしたように思う。確かにインパクトのある表現だった。

  三省堂によると「刺さる」は2015年の新語だそうだが、瞬く間に市民権を得て、やがて「心に」を省略して単に「刺さる言葉」「刺さる映画」などと使われるようになっていった。もちろん、肯定的な意味で「感動する」「共感できる」などと同義語の位置付けになっている。

◆とげ、刃物が突き刺さる語感

 同じように何かしら痛みを伴う表現であっても、「心を打たれる、揺さぶられる」などは「雨に打たれる」「風に揺さぶられる」などにも用い、さほど違和感はない。また、「言葉に刺激を受ける」「ハートを射抜かれる」なども痛いとは思わないが、「刺さる」はどうしても「とげや刃物が突き刺さる」様子を連想させて、見聞きするたび、胸がチクチクするように感じていた。

  「心を打たれる、揺さぶられる」だと、その人自身が選択するプロセスを経て、その状態を受け入れているように思えるが、「心に刺さる」は無防備で無力な自分に浴びせられた強い衝撃のような語感があるからかもしれない。

  ただ、言葉は世相を反映して変わっていくものだ。これまでは自分では使わないものの、これも若者言葉の一つ、とやり過ごしてきた。だが、自分が発した言葉に対し、面と向かって「心に刺さった」と言われた冒頭の件では、最初に受けた「自分の言葉がこの人の心を刺した」というショックが大きく、しばらく動悸(どうき)が収まらないほどで、改めて考えさせられた。

  「言霊」と言われるように、言葉は人から発せられ、そこには心が宿っている。表現を選ばないと、相手の心に響かないばかりか、本当に「突き刺す」行為になってしまわないか。

◆言葉の感覚が鈍っていないか

 新型コロナウイルス感染拡大を受け、昨年来、多くの言葉が生まれた。「コロナ禍」「ステイホーム」「ソーシャルディスタンス」「ワーケーション」…。中でも「3密」は昨年の流行語大賞にまでなったが、変異株の拡大でさらなる「3密」対策の徹底を呼び掛ける中で、実は必ずしも正しく国民に理解されていたのではないことがわかった。「3密」は危ないが、「1密」「2密」だから大丈夫だと解釈して行動した結果、クラスター(感染者集団)が発生したケースが次々判明したのだ。言葉が一人歩きしていくうちに、受け手の都合の良いように意味が変わっていったのだろうか。

  「まん延防止等重点措置」を縮めた「まん防」は非難が出てすぐに使われなくなったが、最初に聞いた略語が頭に残ってしまった。「まん延防止等~」と言われても、頭の中で「まん防」と置き換えてしまうから厄介だ。「何のためにその言葉を発するか」より「インパクトを与えればいい」という視点で言葉を選んでいないか。言葉に対する感覚、受け取る相手への感性が鈍ってはいないか。「一輪の花を選ぶように言葉を贈りたい」。最近、ふっと浮かんだこの言葉は自分への戒めとしている。

 

リモート授業の忘れ物

第7161号 2021年1月28日(木) [印刷用PDF

◆コロナ禍で模索、SNSで情報共有

 コロナ禍で模索されてきた大学の2020年度の授業が終わろうとしている。筆者もコマ数は多くないが、いくつかの大学に登壇しているため、遠隔授業を行うよう通達された当初はパニックだった。
 そんな中、学生の安全そして学習の機会と質を守らなければならない使命感から、所属や専門を超えて、昨年3月末に立ち上がった大学教員たちのSNS(インターネット交流サイト)グループに大いに助けられた。現在は2万人を超えるグループになっており、国内外の大学の動向や学生支援、授業方法など活発な情報共有、問題提起が行われている。

 最初は「何を使ってどう授業をすればよいのか」という共通の困惑から始まった。オンライン対応ツールに詳しい教員たちがノウハウを伝授し、それを受けて授業でそのツールを使った教員がその問題点をシェアし、語学の授業には何がどう使えるか、スポーツ系の場合は、実験のある学部での工夫は…など、全く惜しみなく、それぞれの知識と経験を共有してくれた。

◆オンラインで集中、学生の理解度向上

 オンライン会議システムの授業シーンならではの使い方は、ネットを検索しても得られない。グループの投稿には、この難局を共に乗り越えようとする大学教員の真剣な思いが詰まっていた。
 後期からは感染防止対策を徹底した上で、対面授業を再開する大学も増えたが、遠隔と対面のハイブリッド型授業を行う際の課題など、刻々と変化していく大学の現状に寄り添った投稿が今もリアルタイムでアップされている。予測不可能なコロナ禍で日々格闘する大学教員たちのつながりにノウハウだけでなく、気持ちも救われ、20年度を乗り切ることができた。

 現在、オンライン会議システムを使った同時双方向型の授業を行っている。リモートであっても顔を見ながら学びの時間を共有できるせいか、学生の意欲は高く、集中力を持って授業に参加している。学生には毎回ミニリポートを提出させ、フィードバックを返すことで授業の理解度を把握してきたが、理解度・定着度は例年より高く、ウェブカメラを見て堂々と意見を述べる様子に、間違いなくIT(情報技術)リテラシーもプレゼンテーション力もこのコロナ禍で向上したことが見て取れる。

◆学びを深める大事な部分

 学生同士のコミュニケーションが取れないのは心配だったが、グループ分け機能を使った討議演習を重ねるうちに、画面を通して互いの様子・表情を注意深く観察し、誰もが発言しやすいよう自然に配慮しながら話し合うスキルが身につき、当初は消極的だった学生も、積極的な学生と同じように議論に加わるようになっていた。
 学びの成果という点では大きな問題はなかったが、一方で何かを置き去りにしてしまった気もしている。教室での授業前後の学生との雑談から近況や関心を知って個々にフォローをしたり、授業の流れでふと、体験談を話すことで人生の先輩としてのメッセージを伝えたりといった、授業項目そのものではないが、学びを深めたり、学びを未来に生かすために大事にしてきた部分が、気が付けば抜け落ちてしまっていた。
 ツールを駆使してシラバス(講義の計画)通りに指導するだけが講師ではない。今後の授業形態がどうなるかにかかわらず、学生と向き合い、受け止めながら関わる講師の使命を忘れないよう心したい。コロナ禍でも置き去りにしてはいけないものがある。

 


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