川邊暁美のショート・コラム

「時事通信社」発行の”コメントライナー”に話し方やコミュニケーションについて執筆しています。

首相の対話力、スピーチ力、外見力

第 8259号 2025年2月21日(金) [印刷用PDF

日米首脳会談から帰国した石破茂首相がテレビのインタビューに答える様子に「おや?」と思った。とかく話が回りくどいとか、質問をはぐらかすなどと評されてきた石破首相だが、「質問に誠実に答えている」という印象を受けたのだ。

◆党員から人気がある訳

  初の日米首脳会談を終えて自信に満ちていたのか受け答えに余裕があった。最初にトランプ大統領の印象を問われ、「テレビで見る限りでは怖そうなおじさんだねという印象がありましたよね」と、あまりに素直な表現で答えたのに人間味を感じ、「いや、あなた(首相)も十分コワモテですが」とテレビにツッコミを入れたのは、筆者だけではないと思う。

 「うん、うん」と軽くうなずきながら相手の目を見て話を聞く様子や、「うん、それは」と机の上の手を上下に動かしながら、一つ一つかんで含めるように説明したかと思えば、次の質問に対しては、間髪入れずに「それはございません」ときっぱり結論から話し出す。単調ではないメリハリの利いた話しぶりで、失礼ながらこれまで抱いていた「粘っこい話し方」という印象が和らいだ。

  時折、目つきが鋭くなるのも対話ではさほど気にならず、「あ~、え~」などの言葉癖は皆無で、文末表現も「ございます」「いたしました」とすっきりまとまっており、聞きやすく、理解しやすかった。総裁選の際に、「石破氏は党員から人望がある」「地方で人気がある」と耳にしたが、こういう「対話力」が慕われる理由なのではないか。

◆文末の歯切れの良さ

 「スピーチ力」はどうかと、改めて1月24日に召集された通常国会での「施政方針演説」の動画を見てみた。まず、呼吸が深く、声が安定していて揺るがない。話す速さは1分間に275文字前後とゆっくりめだが、自然な緩急があり、キーワードが印象に残りやすい。ここでも言いよどみや言葉癖は全くなく、文末も「~であろうかというふうに思われる次第であります」のような持って回った政治家的な表現はなく、「進めます」「始めます」と歯切れが良い。

◆身だしなみ、立ち居振る舞いに注意

 ただ、残念なのは肩に力が入って姿勢が傾いたり、眼鏡がずれたりする「外見力」だ。日米首脳会談でも、政府専用機のタラップを下りる際、コートのポケットに手を入れたままだったことや、会談時の肘掛け椅子での姿勢、握手の仕方、スーツのボタンマナーなどが物議を醸した。

 これまでは多少のことも人間味、気さくさなど魅力の一つとして受け止められたかもしれないが、首相となると、立ち居振る舞いの一挙手一投足に国内外の注目が集まる。髪型はいつもきれいに整っているので身だしなみに無関心なわけでもないだろう。

 日米共同記者会見の際にはマイクも気になった。トランプ氏と同じ高さに設定してあったのか、石破首相の鼻から下が常に隠れてしまう。マイクにかからないよう顔を上げると、顎が上がり、見下ろすような視線になってしまっていた。事前にマイクの高さや角度、距離感などをチェックする側近がいないのだろうか。身だしなみや立ち居振る舞いを含め、どう見えるか、どう見せるかは人物の評価を左右する大事な要素だ。石破首相は勉強家だと聞く。風格と好感度を兼ね備えた信頼される首相になられることを期待したい。

歩み寄りと対話を大切に

第8212号 2024年12月9日(月) [印刷用PDF

 流行語大賞や世相を表す漢字など、 2024年をさまざまな視点で総括する時期を迎えた。筆者が住む兵庫県では、前知事失職に伴う知事選が終わり、再選された斎藤元彦知事による新たな県政がスタートしたところだ。当選を目的としないと明言する候補も含め、過去最多7人が立候補し、真偽のほどが分からない情報がネットで大量に拡散されたり、街頭演説の妨害行為が頻発したりするなど、異例ずくめの選挙戦だった。「何を信じて投票したらよいのか分からない」という声を周囲から多く聞き、筆者も大いに困惑した。

◆パワハラ疑惑に揺れた1年

 知事のパワハラなどを告発する文書問題に端を発して混乱した1年を振り返ると、兵庫県の今年を象徴する言葉は、まずは「公益通報」「百条委員会」になろうか。「知事の資質」を問うとされた選挙期間中には、「既得権益」(既存組織から支持を得た候補への批判として)という言葉も拡散され、選挙後は「既存メディアVSネットメディア」の戦いであったともいわれる。

 「公職選挙法」を巡る問題など荒れた選挙戦の残り火はまだくすぷっているが、ともあれ、多くの県民が県政を前に進めていくことを期待している。再選後初の県議会で斎藤知事は「丁寧な対話と謙虚な姿勢で県政運営に臨む」と決意を述べた。告発文書問題についても「説明責任を果たす」と誠実に対応していく姿勢を示し、公益通報窓口の整備やハラスメントのない組織づくりに早期に取り組んでいくということだ。

◆自分と相手の価値観のズレ

 ハラスメントといえば、「ユーキャン新語・流行語大賞」の年間大賞には、「ふてほど」 (TBS系ドラマ「不適切にもほどがある!」の略)が選ばれた。これは令和ヘタイムスリップした’'昭和のおじさん“が自分の「当たり前」の言動がコンプライアンス意識の高い現代では「不適切」になることに戸惑いながら奮闘するコメディータッチのドラマだった。

 実は、そうした自分と相手との価値観、感覚のズレがパワハラを生む要因の一つでもある。昭和・平成・令和と三時代にわたって仕事をしていると(筆者もである)、「厳しく指導されたおかげで今の自分がある」「若い頃は上司の誘いを断るなんてあり得なかった」など、自分の受けた指導や上司との関係、当時の人権意識が根底にあり、頭では時代に合わせてアップデートしてきたつもりでも、ふと時代錯誤の価値観が顔を出すことがあるから要注意だ。

そして、権限のあるポストにいると、何気ない一言が相手に厳しい叱責と受け取られたり、視線や表情、態度で威圧的と思われたりすることもある。

◆指示する際に気を付けたいこと

 部下に指示をする際には、呼びつけず、「自分が相手の近くに行く」「同じ目線で話せるように座る」だけでも心理的な距離が縮まる。そして、「情報(指示内容)」「仕事の意味」プラス「感情」で伝えることだ。「このデータを分析して月末までにまとめてほしい」とまず指示内容を伝え、「これはプロジェクトを進める上での試金石となる」とその意味を説明する。最後に「いつも丁寧に仕事を進める君に頼みたい。分からないことがあったらいつでも相談してほしい」と感情を込め、信頼と期待、協力のメッセージを加える。ささいな感情の行き違いが大問題に発展することのないように、権限のあるポストにいる人こそ、歩み寄りと対話を大切にしてほしい。

自分の言葉で語るということ

第8165号 2024年10月1日(火) [印刷用PDF

 文書問題の真相究明がなされないまま、兵庫県知事に対する県議会の不信任決議が可決され、斎藤元彦知事は、 9月30日付で失職し、出直し知事選に出馬することを選択した。この混乱はまだ続くのか・・とげんなりしているのが兵庫県民としての本音である。

◆人ごとのような言い回し

 亡くなった元西播磨県民局長が作成し、報道機関等に配布した告発文書に端を発した今回の騒動では、知事の発言を議会中継やメディアを通じて見聞きするたび、丁寧な言葉で答えているものの、質問の本質を捉えた答えになっていないのではないか、というもどかしさを感じてきた。

  県議会百条委員会の証人尋問では、官僚的な、相手に隙を見せない淡々とした発言にならざるを得ないのであろうが、記者会見などでもその姿勢を崩さず、「(不信任決議が可決されたことを)重く受け止めないといけないというふうに思っています」「(県政に不安や心配を抱かせていることについて)県民の皆さんに心から申し訳ないな、という思いはあります」と、どこか人ごとのような言い回しに終始し、体温が感じられなかったのが残念だ。

  「重く受け止めています」「県民の皆さん、申し訳ありません」と言ってもらえたら、もう少し「県民の方を向いて伝えようとしている」と感じられただろう。

◆メッセージを明確に届けるには

 伝わる話し方のセオリーから言っても、「~しないといけないというふうに思っています」のような持って回った言い回しは、どうしても最後まで声の勢いや伝える意識が続かず、文末が弱々しくなったり、ぞんざいになったりしがちでお勧めしない。「しっかり伝えたい」と思うのなら、一文をシンプルにコンパクトにした方が、伝えたいメッセージも明確になり、声の力強さも、熱意も届く。

  確かに「自分の言葉で語る」のは難しい。そこに「自分」がないといけないからだ。自分自身を開いて、掘り下げないと自分の言葉は出てこない。だからこそ、自分の言葉で語ることが誠意であり、責任を果たすということではないか。

◆心を豊かにする言葉とは

 先日、スピーチ講座で受講者にパリ五輪で印象に残ったシーンを挙げてもらい、即興でミニスピーチをしてもらった。ただし、ルールを一つ設けた。「感動した」を使わないということだ。

  「〇〇選手のプレーに感動した」ではなく、「そのシーンが自分の心の琴線にどんなふうに響いたのか」「なぜ、そんなに印象的だったのか」「どのような気付き、変化がもたらされたか」「そのことを今後の人生・目標に生かしていくとしたら」などを、自分に問いかけ、掘り下げてもらった。そうすることで「感動した」だけで終わらない、自分自身の出来事として心に刻むことができるからだ。

  ありきたりではない、自分自身の言葉を探すことは、自分と向き合うこと、自分を開いてみせることであり、そうして出てきた言葉は心を豊かにしてくれる。

  「純度の低い正論は響きません」。先日、放送が終わったNHKの連続ドラマ「虎に翼」の終盤に出てきたせりふだ。その言葉が本当に自分に恥じない言葉であるのかを心に問い、濁りのない澄んだ言葉を選び、語りたい。このことを時代を率いていくリーダーたちにも望みたい。


<バックナンバー>

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第8115号 2024.7.23 県知事のパワハラ疑惑に思う
第8067号 2024.5.20 聞く力が信頼を生む
第8019号 2024.3.11 聞き手を引きつける三つのスキル
第7972号 2024.1.4 好感度の上がる新年のあいさつ を
第7926号 2023.10.30 コロナ後のストレス管理 は呼吸から
第7881号 2023.8.28 日米韓首脳のスピーチ力
第7839号 2023.6.30 多様性前提のコミュニケーション能力
第7795号 2023.5.2 「熱い心」が聞き手に伝わる
第7752号 2023.3.14 女性リーダー育成のために
第7709号 2023.1.23 阪神淡路大震災、語り継ぐ使命感
第7665号 2022.11.21 「説明責任」は死語? 知らんけど
第7622号 2022.9.27 コミュニケーション勘を取り戻せ
第7583号 2022.8.4 羽生結弦が発した言葉
第7537号 2022.6.9 草木から色が出るように
第7499号 2022.4.18 性別による無意識の思い込み
第7456号 2022.2.18 「ウィズコロナ」でどう伝えるか
第7412号 2021.12.20 岸田首相の話し方に思う
第7373号 2021.10.26 声を磨く朗読の勧め
第7326号 2021.8.31 逆境から立ち直る力
第7285号 2021.7.8 WEB面接、採用担当は万全か
第7244号 2021.5.17 違和感が心に刺さる
第7202号 2021.3.18 言葉は澄んでいるか
第7161号 2021.1.28 リモート授業の忘れ物
第7117号 2020.11.19 見事!カマラ・ハリス氏のスピーチ
第7077号 2020.9.28 菅首相のキャラと話し方
第7033号 2020.7.30 心に響かない伝え方
第6981号 2020.5.22 オンライン映えする話し方
第6936号 2020.3.18 パニックを抑えたリー首相のメッセージ
第6886号 2020.1.9 安倍首相の話しぶり、5年前と比べると
第6841号 2019.11.5 クレーマーはこうしてつくられる
第6784号 2019.8.19 笑顔のシンデレラに学ぶプロ意識
第6690号 2019.4.15 聴衆を惹きつけて離さないために
第6734号 2019.6.12 トランプ大統領の「Reiwa」スピーチ
第6642号 2019.2.7 違和感満載の言い回し
第6586号 2018.11.14 高齢者に聞き取ってもらうには
第6535号 2018.9.6 「ハラスメント」と言われないために
第6483号 2018.6.28 女性活躍へ話し方改革を
第6432号 2018.4.18 ザッカーバーグの謝罪に見るスピーチ力
第6388号 2018.2.14 肝心なのはコミュニケーション力
第6352号 2017.12.18 共感を呼ぶ言葉、反発を呼ぶ言葉

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