川邊暁美のショート・コラム
人を惹きつけるトップの話し方

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1.心を打つ話し方 ~コミュニケーション、言葉の力~

2011年3月2日(水)

◆「何を話すか」より「誰に話すか」

挨拶、スピーチなどをするとき、まず「何を話そう」と考えていないだろうか。その段階であなたは既 につまずきかけている。話には聴き手が必ず存在する。まず、考えるのは「誰に話すのか」である。あ る目的、趣旨のもと、そこに集まっている聴き手が関心を持っているのは何か、自分に期待されてい るのはどんな役割かを踏まえたうえで、ネタを考える。「良い話をしてやろう」では、聴き手には響かな い。松下幸之助氏は「事業の原点は、どうしたら売れるかではなく、どうしたら喜んでもらえるかであ る」と語ったが、話も「どうしたらウケるかではなく、どうしたら喜んでもらえるか」が原点である。

◆伝えたいという熱い思いがあるか

最近、戦場カメラマン渡部陽一氏の独特の語り口がお茶の間の人気を集めている。やわらかく響く 声、深い呼吸、ほぼ文節単位で言葉を切り、間を十分に取って話す。相手と目を合わせ、身を乗り出 して語りかける、その姿をテレビで初めて目にしたときは、正直、困惑した。が、その話し方に多くの人 が、違和感を覚えたと同時に、耳を傾けずにはいられない「力」を感じたのも事実である。彼の言葉は 目の前にいる人に熱く響く。伝えたいという明確な意思があり、心に落ちてくる。戦場で多種多様な国 籍、宗教、思想、言語を持つ人々と意思疎通を図りながら生き抜いてきたからこそ、身についた話術 であろう。

◆「問い掛け」「間」「反応」も学びたい

ビジネスの場でも、文節ごとに言葉を区切って話すべきだと言っているのではない。学びたいのは、 一語一語、言葉を選び、相手の反応を見ながら、思いを手渡していくそのコミュニケーションの姿勢で ある。たとえば、スピーチのときに、顔を上げて「皆さんはどう思われますか」「あなたの身近にもこん なことはありませんか」と問い掛け、間を取り、反応を受け止めて、話を進めていくというのも、聴き手 との距離を縮め、心の扉をノックする方法である。聴き手を置き去りにせず、ときには聴き手の反応や、 共感を示してくれる態度からパワーをもらいながら、ともにその空間、時間、そしてお互いの信頼関係 を作りあげていくつもりでマイクを持つとよい。

2.非常時に求められるリーダーの言葉

2011年4月14日(木)

◆被災地の心情を汲み取り発信

東日本大震災発生から1カ月余が経過した。この間、ニュース等で様々な立場のリーダーの説明・ 発言を聞いたが、中には「一体誰に向かって言っているのか」と思わず画面に向かって叫んだものも あった。阪神・淡路大震災当時、兵庫県広報専門員として情報発信を担当した私には、非常時にどれ ほど情報やリーダーの言葉が切望されているか痛いほどわかる。それだけに、リーダーは被災地の 現状や心情を汲み取った上で、国民が望む情報や発信すべき情報を自らの言葉で積極的かつ迅速 に発信してほしいと切に願う。

◆信頼される話し方を

「伝えるべき内容を自身が把握できていない、理解できていない、整理できていない」場合、事の真 意を明確に表現することは難しい。聞かされた相手も戸惑うだろう。しかし、緊急事態で記者会見に臨 む場合は、準備万端というわけにはいかない。何とも歯切れの悪い、言いたいことが見えないメッセ ージを発してしまうことにもなる。非常時でも「この人の言うことは信用できる」と耳を傾けてもらうため には、せめて、信頼される話し方を心掛けてほしい。

◆指示代名詞の多用避け、ストレートに

まず、意味のない言葉の繰り返しは避けたい。あいまいな指示代名詞がついた表現「そういう中 で」「そういうことを踏まえて」「こういったかたちで」「そういった意味で」などの多用は、聴き手を苛立た せ、もったいぶって時間を稼いでいるような印象すら与えてしまう。同様に「語尾のばし」も、のらりくら りと逃げている印象だ。「必ずや~ぁ、そういった~ぁ、安定化に~ぃ、こぎつけることができる~ぅ、と ~ぉ、確信致して~ぇ」という念仏を唱えるような話し方のことだ。これでは、本心を語っていたとしても 信憑性がないと受け取られる。 そして、もう一つ、持って回った文末表現はやめよう。非常時には強いリーダーシップを人々は望ん でいる。「私としては切望を致しております」「お約束致したいと思います」など、謙虚さや腰の低さをア ピールしてもやる気がないようにしか映らない。 「中身のある情報を、語尾は延ばさず、ストレートな文末表現で伝える」ことで、強いリーダー像を示 そう。

3.日中韓3首脳会見にみるリーダー像

2011年5月30日(月)

◆落ち着きのなさを印象付けた菅首相

5月22日に行われた日中韓サミット共同記者会見。パートナーシップを強調する3首脳であったが、 リーダーとしてのアピール力は、揃い踏みとはいかなかったようだ。 最も落ち着きがない印象を与えたのは、菅直人首相だった。冒頭の発言では、常に2、3秒ごとに 視線を原稿へ、2~5秒ほどで顔を上げ、すぐにまた下を向く、の繰り返しであった。4秒以上顔を上 げていたのは、締めくくりの10秒間のみ。約4分30秒の発言のうち顔を上げていたのは合計で約12 0秒、あとは下を向いての発言だった。さらに、まばたきの多さが見ている側を落ち着かない気分にさ せた。顔を上げているわずか2、3秒の間にまばたきを繰り返すため「しっかり顔を見せて語っている」 という印象につながらない。まばたきは自信のない心理状態の表れと言うが、中国の温家宝首相も 韓国の李明博大統領も、感謝の意を表すとき、菅首相のほうに身体を向け、目を合わせ、会釈をした。 しかし、菅首相は「両首脳に感謝し・・・」と言いつつ、視線も送らなかった。余裕のなさの表れなのだろ う、「役者」の差を見た思いだった。

◆力強さ、余裕を感じさせた中韓首脳

これに対し、温首相は、菅首相よりも原稿に目線を落としている時間が長く、ときには30秒以上に 及ぶこともあった。が、顔を上げるときにはまばたきをせず、目を見開き、口元を引き締めた、温和で いながら意志を感じさせる表情を作り、少なくとも3秒間制止。シャッターチャンスを作っているのか、 余裕を感じさせる振る舞いであった。顔を上げるときは上げる、原稿を読むときは読む、とメリハリの 効いた演出が、誠実で、意志の強いリーダーという印象を与えた。 そして、李大統領は、約10分間の発言のうち、下を向いたのは15回、時間にしてわずか50秒だ った。9割以上顔を上げて発言しており、自分の言葉で熱く語る、力強いリーダー像が画面から伝わ ってきた。両首脳とも自分のスピーチスタイルをしっかり持っているのだ。

◆危機下のトップであることを忘れては困る

先日、国会で首相の答弁中にヤジの応酬が激しく、「あの、私、発言してていいですか」と首相がお 伺いを立てる一幕があったが、未曾有の危機的状況下の首相であることを「運命」と言い切った人と はとても思えない弱腰の姿に映った。顔を上げればいいというものではないが、少なくともリーダーと しての力強さが伝わらないリーダーはいらない。

4.聞き手との間に橋を架ける

2011年8月1日(月)

◆「しっかり」「きっちり」では伝わらない

最近、記者会見や国会答弁で、耳につく言葉が「しっかり」「きっちり」だ。すでに死語になったと思う が、その昔の役所言葉、「善処します」「鋭意努力します」と同じ感覚で、しかるべき立場の人が頻繁 に口にすると、具体策も中身もないものを隠すための、その場しのぎの言葉のような印象を受けてし まう。「しっかりとやらせていただく」も「きっちりやっていく」も、責任を持ってやり遂げるつもりなら、「い つまでに」「どの程度まで」「こういう方法で」などを明言すべきである。

◆「的確な言葉選ぶ」3つのポイント

トップはいつでも、その場にふさわしい「的確な言葉を選ぶ」ことが求められる。ポイントは3点、① 誰にでもわかるか②すぐにわかるか③はっきりわかるか-ということだ。①については、「専門用語、 業界用語、略語などではなく、そこにいる誰もが理解できる言葉であるか」ということが大事だ。その 事柄について本当に自分が理解しているならば、専門用語を使わずとも小学生にでもわかるように 説明できるはずだ。②については「同音異義語など紛らわしい言葉ではなく、瞬時に理解できる言葉 か」ということ。話し言葉は文字で確認できない。誤解のないように別の言葉に言い換えたり、意味を 補足説明するなど工夫が必要だ。③については「主観的であいまいな表現ではなく、具体的に示され ている言葉か」ということを忘れてはいけない。

◆“見える化”で五感に訴える

③には2つの方法がある。ひとつは「数字で“見える化”」。その事柄を「すごく…」「とても…」など感 覚的な表現でなく、データを示したり、「富士山○個分」「東京ドーム○杯分」など判断できる物差しで 伝えることであり、説得力を持って伝えたいときに有効だ。もうひとつは、「五感で“見える化”」。視覚、 聴覚、触覚などをフル稼働させて、伝えたいことの絵を描き、聴き手とイメージを共有できるよう伝える 方法である。たとえば「焼け付くような日差しと蝉しぐれが降り注ぐ坂道を登ると、一陣の風が頬を…」 のように、聞き手との共感性を大事にしたいスピーチに向いている。伝えたいと思うなら、聞き手に伝 わる言葉を選び、聞き手との間に橋を架ける努力をするのが、心に響く話し手の心得だ。

5.記者会見で気をつけたいこと

2012年2月20日(月)

◆まずは正確な情報把握

記者会見は、その組織にとって、晴れ舞台となることもあれば、予期せぬ事故や不祥事によって開かざるを得ない、緊迫した舞台となることもある。晴れ舞台の場合は、準備万端で臨むことができるが、そういうわけにいかないのが、不測の事態での記者会見だ。災害などの修羅場を経験した、ある自治体のトップに「緊急時の記者会見に臨む際に一番重要なこと」についてインタビューしたところ、「正確な情報を把握していること」という答えであった。確かに、記者会見の場で、トップが掌握していない事実が発覚し、うろたえるような事態になれば、そのトップも、組織も、そこで発信する情報も信用が失墜してしまう。まず、正確な情報がいち早くトップに集まる態勢を整え、それを組織として、どういうスタンスで発信していくか、コンセンサスを形成しておくということだろう。

◆「真摯さ」が伝わる発信を

また、視聴者として記者会見の模様をテレビで見たとき、最初に関心がいくのは、「見た目」である。顔の表情、視線、服装のみならず、姿勢、手癖、足癖までがカメラの前にさらされる。校内で起きた事故で生徒が亡くなった高校の校長が記者会見で、緊張と心身の疲労で顔の筋肉が弛緩し、図らずも「微笑みながら話している」ように見えたことがあった。その映像が流された後、バッシングが起こったことは言うまでもない。見た目も言葉同様に情報を発信しているのだ。たとえ、それが本人には無意識のことであっても、視線が宙を泳いだり、手元でペンをいじったり、何度も汗をぬぐったり…そんなしぐさが「言い訳を考えている」「責任を感じていない」などと取られることもある。平常時には出ない癖も、緊張したり、疲労した場面では出やすいということを自覚しておこう。お詫びをするなら、その真摯さが、表情や態度からも伝わるよう、心を砕く必要がある。

◆明瞭な言葉で説明責任果たす

そして、信頼感を持たれ、責任感のある話し方として心掛けたいのは、「何がどうした」と一文を短くし、文末の「です」「ます」まではっきり言葉にすることだ。一問一答のつもりで、一つひとつ丁寧に説明責任を果たしたい。不測の事態が起きないようにするのが第一ではあるが、万が一、それが起きても、説明責任を果たせるトップであるためには、日頃から、自分の外見や言葉の影響力を自覚し、緊張感を持って、様々な発言の場に臨むことが、何よりのトレーニングとなる。

6.距離感生む政治家の「させていただく」
-高校生の「感動を与える」はいただけない-

2013年1月28日(月)

◆首相就任会見で気付いたこと

第2次安倍内閣が発足して約1カ月。安倍晋三首相の記者会見を聞いていると、特に歯切れの良い発声というわけではないが、すっきりとした率直な話し方という印象を受ける。その理由は1つには、野田佳彦前首相に比べて「~させていただく」が少ないことにある。両首相の就任記者会見を比較してみると、約13分の冒頭の発言の中で、前首相は「就任をさせていただきました」に始まって「ご挨拶とさせていただきます」まで「させていただく」が13回登場する。
これに対し、安倍首相は一度も使っていない。「させていただく」は謙譲表現だが、多用されると耳につく。「お電話をさせていただきましたのは・・・」「○○のご案内をさせていただきたいと・・・」「お話をさせていただいてよろしいでしょうか」といった慇懃無礼な電話セールスが典型だが、丁重な敬語遣いでも気持ちが伝わってこなければ耳障りな音でしかない。
野田前首相が「~させていただく」を用いたのは、腰を低くして国民に語りかけるという姿勢を示したのかもしれないが、繰り返し用いることで逆に距離感を生んでしまったのではないか。

◆直接表現で明確なメッセージ

もう一つ、就任記者会見の比較で気がついたのは、文末の表現だ。野田前首相の「~と考えております、~というふうに思います、~と認識しています」が32回に対し、安倍首相の同様の表現は6回。「~と考えております」などの一歩引いた表現ではなく、「取り戻してまいります」「育んでまいります」という直接的な表現が、明確なメッセージを発しているという印象につながっている。
声の響きや安定感は野田前首相に軍配が上がるのだが、謙虚すぎる表現が共感度を半減させていたのだ。

◆立場わきまえた表現を

責任の重い立場になるほど、言葉選びは慎重になるものだが、一方で、若い世代の強気な発言には驚かされることがある。ある競技の全国大会で優勝した高校生選手の「私のプレイで皆さんに感動を与えられれば」といった発言だ。その言葉を自分に言い聞かせて励みにするのは構わないが、公の場で発信していく場合は、表現を改める必要があることを学んでいないのだろう。
丁重な言葉の政治家と不遜な発言を堂々とする若い世代-。私たちがメッセージを発するときは、誰に向かって、どういう立場から発言をするのか、相手と自分自身のスタンスを見極めることが大切だ。

7.「誰に」話すかで戦略を練る

2013年5月27日(月)

◆準備段階で明確に意識すること

組織のトップは様々な対象を前に話をする機会が多くある。対象によって同じ素材でも調理方法を変えなくては、相手に美味しいと感じてもらえないのだが、そのことに気付かず、どの対象に対しても自分が得意とする「料理」だけを出そうとしていないだろうか。先日も「プレゼンテーションや会社説明会はおろか、朝礼や社員との面談でも話が伝わらない」という悩みを抱えた若手経営者に会った。話を聞いてみると、「自分の思いをいかにロジカル伝えるか」にばかり焦点を当てており、大切な手順を抜かしていることがわかった。それは、準備の段階で「何のために伝えるのか(目的)」「誰に伝えるのか(対象)」を明確に自身の中に持っておくということだ。

◆聴き手を具体的に思い描く

まず、「何のために」「誰に」という目的と対象を定め、次に「何を伝えるのか」、この話題をその対象に向けて発信することで「何を理解してもらいたいのか」、伝え手である「自分や自社のスタンスはどうか」、「どんな状況(TPO)で話をするのか」を押さえながら、準備を進めていく。相手の心のストライクゾーンに投げ込むためには、できるだけ具体的に対象をイメージし、「どんな言葉を選べば伝わりやすいか」「関心を持って聞いてもらうためにどんな構成にすればよいか」など戦略を練る。対象を思い描くことで、声や話し方(声のトーン、高低、強弱、間、抑揚、スピード、表情、姿勢)もおのずと変わってくるはずだ。

◆臨機応変に声、言葉を選ぶ

たとえば、顧客対象のときは穏やかにゆっくりと話し理解度を確認しながら進めていく、取引先企業が対象の場合は落ち着いた声でデータなどの裏付けも怠りなく想定質問も準備しておく、従業員対象の場合は社長の思いと従業員へ期待することを前面に押し出し力強く熱く語る-というように、臨機応変に声や言葉、話題を選んで伝えることができれば、思いは皆に伝わるはずだ。前述の若手経営者の場合も、同じ話題を「顧客対象」「取引先企業対象」「従業員対象」の3つのパターンでプレゼンテーションするトレーニングを行ったところ、思いが空まわりして誰にも伝わらなかった話が対象ごとにまとまるようになった。声や言葉にも見違えるように表情が生まれ、伝わる手応えをつかんだようだ。

8.群衆の心に響いたDJポリスの声と言葉

2013年5月27日(月)

◆力強くあるが威圧的でない声

 サッカーワールドカップ(W杯)・アジア最終予選で日本代表がW杯出場を決めた夜、サポーターや通行人で混雑する東京・渋谷の交差点で雑踏警備にあたった若い機動隊員の話術が評判を呼び、群衆を安全に誘導したとして「警視総監賞」も授与された。インターネット上で「DJポリス」と名付けられた彼の呼び掛けは、なぜ興奮した群衆の心に響いたのか。まず、「伝わる声」だ。よくある誘導アナウンスは「急がないでゆっくり歩いてください」「安全歩行にご協力をお願いします」のように、抑揚のない声で単調にお願いを繰り返すか、割れた声で高圧的にがなりたてているかであるが、DJポリスの声は注意を惹きつける力強さはあるが威圧的ではなく、安定した聞きやすい声であった。相手を聞く気にさせる、伝え手の意志を感じさせる声なのだ。

◆聞き手と同じ視点で発信

 そして、もう一つの理由は、伝える対象と同じ視点に立って、相手が関心を持つ言葉でメッセージを発信したことだ。彼の使命は、「混乱を未然に防ぎ、群衆を安全に誘導すること」。使命を果たすためには、呼び掛けを聞いてもらい、行動に結びつけてもらわなければならない。そこでまず、耳を傾けてもらうために、「皆さんは12番目の選手です」「お巡りさんも実は皆さんと気持ちは同じです」と、相手と共通の土台に立ち、視点を合わせたメッセージを発している。そして、自分たちの共通の目標を示す。「皆さんがケガをしては、日本代表のワールドカップ出場は後味の悪いものになってしまいます」。

◆明快なメッセージ

 さらに、そのために取るべき行動を、相手の共感を得る言葉で伝えている。「フェアプレーの日本代表のサポーターにふさわしい行動を取ってください」「日本代表のようにサポーターの皆さんのチームワークを見せてください」。納得を得られる構成に加え、一文(何がどうした)にメッセージは一つという明快さも伝わりやすさのポイントだ。プレゼンテーションでも同じことが言える。プレゼンテーションの目的は相手を納得させ、行動を起こさせること。そのためには、目的と対象を自分の中で確認し、理解を得たいこと、行動を起こしてもらいたいことを、相手に「伝わりやすい声と言葉」で届けることだ。言いたいことを自分の論理で一方的に話すのではなく、相手に合わせて戦略を練る、相手中心に考えて工夫することを、「心に響く」伝え方のために心掛けたい。  

9.“伝わる話し方”が不祥事を未然に防ぐ

2013年11月28日(木)

◆トップの言葉、思いが届いているか

食材の虚偽表示問題が相次いで発覚し、反省の弁とともに謝罪する経営陣の姿が連日報道されている。こういう事態が万が一、起きたときに備え、世間にいかに謝るべきか、自社の謝罪のマニュアルを作っておこうという企業もあるだろう。しかし、問題が起きる背景には、その企業が存在することの意義、「何のために事業を行っているのか」という企業活動の目的やあるべき姿、社会的使命などを見失っている現状があるとは考えられないだろうか。今こそ、原点に立ち戻って見つめ直したいのは、トップの言葉、思いは社員一人一人に届いているかということだ。

◆聞き手の関心を引きポイントをはずさせない

「伝えたつもり」ではなく、どうすればその思いが「伝わる」のかに心を注いでほしい。講演やプレゼンテーションと違い、社員相手に訓示をするような場では、「お互いにわかりきったこと」と、伝わる工夫を省いてしまいがちだが、それでは真意は伝わらない。では、どのように話すのか。話の冒頭に「何のために」話すのかを聞き手に示し、聞く姿勢と視点をそろえよう。そして、トップの思いを一方的に話すのではなく、「そのために社員へ期待すること」というゴールをプラスすることで、そこで話されることが自社の共通の目標となる。また、「今だけ」「ここ(これ)だけ」「あなただけ」という限定や特典のあるセールストークに思わず足を止めた体験は誰しもあるのではないだろうか。同じように、「今、一番に取り組むべきことは」「これだけは覚えていてほしい」「社員の皆さんにはわかってもらえるはず」のようなフレーズは、聞き手の関心を引きつけ、聞くポイントをはずさせない効果がある。

◆血の通った表現が心に響く

共感を呼ぶのは、文法的に正しい文章よりも、人間味を感じさせる文章だ。たとえば「大変驚愕(きょうがく)しました」より「私はそのとき、『えっ、まさか』と我が耳を疑いました」の方が、血の通った表現で心に響く。「一番大事なことは何か?それは○○、○○が一番大事なんです」のように、あえて言葉を繰り返し、強調することも話を印象に残す工夫だ。また

10.失言で後悔しないために

2014年3月31日(月)

◆自覚しないと手痛い目

春の人事異動や昇進などで、急に公の場で発言をする機会が増える人もいることだろう。就任会見での発言でありがたくない注目を集めたNHK籾井勝人会長や、ソチ五輪開催中に浅田真央選手への発言が波紋を呼んだ森喜朗元首相など、しかるべき立場の人物の発言はいつも世間の厳しい目にさらされている。発言の影響力の大きさを自覚しないままに会見などに臨むと手痛い目に遭うことがあるので注意が必要だ。

◆聞き手本位に考える

 失言をする人に共通しているのは、本人がそれを失言だと自覚していないことと自分自身の立場が分かっていないことだ。誰が聞いても「その立場のあなたがそれを言ってはいけない」という発言であるにもかかわらず、本人は全く分かっていないという致命的な「世間との感覚のズレ」が根底にある。そして、いったん発言してしまったことは取り消すことができない。「私的発言だった」「そういう趣旨で発言したのではない」と失言だったことを率直に認めないことは、対応が後手に回ることになり、傷を大きくしてしまうので避けたい。たとえ、真意が伝わっていなかったとしても、伝わったことが全てだ。ビジネスでも日常的なコミュニケーションでも、自分が伝えたように伝わるとは限らない。だからこそ、誤解なく伝わるように言葉の端々まで細心の注意を払わなければならない。話す前に自分の中で確認しよう。「自分はどんな立場、役割で発言をするべきなのか、配慮すべき点は何か」、「今、相手が自分に聞きたい話、皆に関心や共感を持って受け入れられる話は何なのか」、発言のスタンス、方向性や言葉の表現を吟味する。その際、自分本位ではなく、聞き手本位に考えることを忘れないようにしたい。

◆飾らないシンプルな言葉で

 失言を繰り返す人は、「自分の話を聞かせてやろう」「感心させてやろう」というスタンスで話していることが多い。聞き手の感覚から離れ、上から目線で話している人が、ちょっとしたリップサービスのつもりでウケ狙いの発言をしようとするから、知らずに地雷を踏んでしまうのだ。ある政治記者に聞いた話では、小泉元首相は見出しがつけやすかったそうだ。短く印象的なフレーズで言い切るので、そのまま新聞の見出しに使える、そうすると誤解もなく、伝えたいこともズバリ伝わるわけだ。何を一番伝えるべきなのか十分に戦略を練ったら、飾らないシンプルな言葉で伝えるのが誤解を招かないコツと言える。

11.女性リーダーの話し方のコツ

2014年7月7日(月)

◆女性の活躍推進

 成長戦略の要である「女性の活躍推進」。議会議員や企業等の管理職、医師・弁護士など専門職に占める女性割合を2020年までに30%にするという数値目標に向けて、さまざまな分野で女性の登用が進み、女性が表舞台で発言する機会も増えてきている。
注目が集まるだけに、信頼感や説得力のある話し方が求められるところだが、「声が通らない」「話し方にどうも重みがない」など、立場にふさわしい話し方ができているか自信が持てない、という相談を受けることも多い。
能力は十分にあるのに、声や話し方のために過小評価されてしまわないよう、「明るく高いトーンの声、断定的でない言い回し」の「可愛い女子」的話し方から、「できるリーダー」の話し方へと切り換える必要がある。

◆声は低め、変化を付ける

 まず、声の使い方。話す前に、声と気持ちを落ち着かせるため、軽く息を吐き、一呼吸おいてから話し始めるとよい。しっかり話さなくてはと、肩に力が入ると声が上ずり気味になるため、意識的に普段よりやや低めの声でゆっくりと話すようにしたい。
また、強調したい部分の前で間を取ったり、その部分をゆっくりと少し大きめの息づかいで話してみることで際立たせたり、ときにはぐっと声を潜めるなど、声の大きさや話す速さ、間合いなどで変化をつけると、聞き手を引きつけることができる。
気をつけたいのは、幼い、軽い印象を持たれてしまう、語尾を「○○で~」「○○なので~」「○○で~す」のように上げたりのばしたりする話し方だ。この癖を失くすためには、一文一文を短くし、一息で余裕を持って話せるようにすることだ。加えて、文末には音をしっかり落として、「ですます」まではっきりと言い切るようにすると、説得力が増す。また、信頼感を持たれるためには、「常に主語を明確にして話す」ことを心掛けよう。「私はこう思います」「これは、私の意見ですが」と「私は」を意識して発言することで、責任ある意見として印象に残る。

◆サッチャーに見倣え

 英国の宰相だったマーガレット・サッチャー氏はいつも「声は低く、落ち着いて」とスピーチ原稿の余白に書き、常に自信に満ちたリーダーにふさわしい声と話し方であるよう、気を配っていたそうだ。自分らしく話せばいい、間違わずに話せばいい、ではなく、その役割やステージにふさわしいよう、声と話し方を磨いておくことが、自分自身をより輝かせる強みになるはずだ。

12.安倍首相の年頭会見

2015年1月13日(火)

◆落ち着いた印象

一昨年の国際オリンピック委員会(IOC)総会での東京招致プレゼンテーションの成功以来、安倍 首相はプレゼンテーションがうまいという評価を得ているらしい。安倍首相の今年の年頭記者会見に 注目してみた。まず、話す速さ。会見冒頭の約7分のスピーチは1分間あたり235文字程度の速さで 話している。他の会見でも250文字程度とゆっくりめだが、さらにゆったりと落ち着いた印象だ。その ため、普段より明瞭な発音・発声であった。

◆意識的にゆっくり発音

昨年12月の第3次安倍内閣発足時の記者会見では、8分20秒の中で、「引き続き」が「いきつづ き」、「公約」が「お~やく」に聞こえるなど単語の第一音が脱落したり、「関連法案」が「か~れんほう あん」、「政権発足」が「せけんほっそく」になるなど、はねる音や延ばす音が流れる箇所が10カ所以 上あったが、年頭の会見は、ほとんど音の崩れがなかった。言いにくいはずのハ行やサ行、タ行の入 った「負託」「節目」「祖国」「津々浦々」などの単語は意識的にゆっくりと発音していたようだ。また、安 倍首相は以前から「~させていただく」という表現を使わないのも特徴だ。「~してまいります」「~を進 めます」とすっきりした表現で聞き手に率直な印象を与えると同時に、発音上のリスクを避ける戦略な のかもしれない。一文をごく自然に吸った一息で話せる文字数40字程度でまとめているのも効果的 だ。楽に話すことができ、一文に盛り込むメッセージをシンプルにすることで内容も伝わりやすくなる。

◆カメラの向こうの国民に語りかけを

そして、声のメリハリ。「改革断行国会」「積極的平和主義」などのキーワードや「日本経済を必ずや 再生する」「あらゆる改革を大きく前進させる一年」などキーフレーズでは、声をやや張り気味にし、間 を取りながら話すことで、強調したい言葉を聴き手に印象付けている。ただし、「間」を取ると確かに単 語は際立つが、頻繁に文章を切り過ぎると、リズムが単調になり、聴き手の気が削がれるリスクもあ る。一息でなめらかに話すところ、区切りながら話すところ、と全体の流れの中で緩急をつけると良い。 また、プロンプターは使用していないようだったが、正面、左、右と数秒ごとに目線を切り替えながら話 していた。その際、左右5~7秒に対し、正面4秒という割合であったが、むしろ、正面を向いてカメラ の向こうの国民に語りかける割合を増やしてほしいものだ。

13.一言でズバリ本質語る力を身に付ける

2015年5月11日(月)

◆井上ひさし氏のモットー

「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを面白く・・・」、作家の井上ひさし氏は生前、執筆の 際にモットーにしていたそうだ。筆者はこれを話すことに置き変えて「難しいことを易しく」は、専門分野 や一般的には知られていない話を易しい例えやエピソードなどを用いて関心を引くように伝えること、 「易しいことを深く」は、一見、単純そうな話を掘り下げて話すことで本質の部分を理解してもらうこと、 「深いことを面白く」は、壮大なスケールの話を身近な事象に置き換えて話すなど興味を増幅させる工 夫、と解釈している。

◆深く理解していなければ、実行できない

ただし、このモットーは、伝えるべきことについて自身が深く理解していなければ実行できない。日 頃、「専門用語を使わないと説明できません」「資料を読んでいただければ分かります」「一般の方に は理解しづらいと思いますが」のような言い訳を説明の枕詞にしていないだろうか。実は、その道の第 一人者のような人は、誰にでも分かる易しい表現で、本質を外さずコンパクトにまとめて、素人の興味 を引くように説明できるものだ。筆者もノーベル賞を受賞した科学者が、小学生相手にわかりやすく講 義をしている様子を見て感心したことがある。

◆「30秒」を意識して話す

さて、あなたは自分や自社の強みや専門分野について、一言で、分かりやすく、本質も外さず、相 手の印象に残るように語ることができるだろうか。ここで筆者がプレゼンテーションの講義で取り入れ ている要約トレーニングをご紹介しよう。「一言で本質をズバリ語る力」を付けるためのステップだ。あ る資料を読み込み、その要旨を他の受講者に自分の言葉で説明するというものだが、最初は「1分」 にまとめて伝え、次にそれを「30秒」に縮めて伝える。内容を十分に理解し、要点を頭の中で再構成 させることができないと1分でも時間が足りない。さらに30秒に縮めるとなると、「内容を絞り込み、最 重要な情報から伝えていく」と同時に「ここでの問題点を一言で言えばこういうことだ」と的確に言い換 える力も求められる。また、声の表現力やジェスチャーなども30秒を効果的なプレゼンにするために 欠かせない要素になる。いつでも自分や自社についてミニプレゼンテーションができる準備があれば、 ビジネスチャンスは広がるはずだ。まずは朝礼や会議などで、「30秒」を意識して話してみてはいか がだろうか。

14.あなたの話が伝わらないのはなぜか

2015年9月11日(月)

◆5項目のチェックを

「話が伝わらない」原因は人それぞれだ。話し方スキルを向上させたいと思ったら、自分の話し方の何が課題なのか、正しい現状認識こそがスタート地点だ。録画や録音したものをチェックするのが一番良い方法だが、「見たくない」「聞きたくない」人は、次の5つの項目で日頃の話し方を振り返っていただきたい。

 ①「人前で話すときは、いつもぶっつけ本番である」
 ②「話し始めは良いが、最後に話がまとまらなくなってしまう」
 ③「相手に合わせて言葉を変えることはない」
 ④「聞き手と目を合わせないで、話すことが多い」
 ⑤「話しているうちに、声が割れたり、裏返ったりすることがある」

◆準備力 構成力

①は「準備力」。準備の仕方がわからない、あるいは気が進まないため、本番を適当に済ませようとするが毎回うまくいかない、というパターンだ。まず、準備の時間をスケジュールに組み込む習慣をつけてほしい。話す目的や対象、持ち時間、自分の役割を確認し、短い挨拶であっても原稿を書き、リハーサルをして臨んでみると聞き手の反応が違うはずだ。②にチェックした人は、「構成力」に課題がある。聞き手も自分自身も迷子にならないためには、話の地図を念頭におき、最初にテーマを示し、そのテーマに沿って話の道筋を示し、道案内をするように聞き手の理解を確認しながら話を進めていこう。

◆言葉力 共感力 呼吸と声

③は、「言葉力」。社内や業界団体で話をすることが多い人は外向けにも専門用語・業界用語を使ってしまいがちだ。常に相手に合わせて、わかりやすい言葉を選び、表現を工夫することで、語彙が豊富になり、不特定多数の人に説明をする場合も慌てずにすむ。④は「共感力」。聞き手の存在を無視して、一方的に話すのでは、共感が得られない。聞き手の共感を得てこそ、言葉が心に響く。せめて、話し始めと話し終わりは、顔を上げてアイコンタクトと笑顔を心掛けたい。⑤にチェックを入れた人は、「呼吸と声」を整えることで解決する。一度息を吐き、鼻から軽く吸ってからゆっくりと話し始めよう。呼吸と声が安定すると、気持ちも落ち着く。聞きやすい声は伝わりやすさの大事な要素でもある。また、安定した話し方は、あなたへの信頼を高めてくれる。 「なぜ伝わらないのか」現状と対策を確認できたら、次に話すときに、まずは課題を1つだけ改めるよう注意して実践してみることが、話し上手への第一歩だ。


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